黒い犬-2
ノゾミがそれを知ったのは、黒い犬が具合悪くなってから一週間後の、正月休みに帰省したときだった。
両親はノゾミを心配させまいと連絡しなかったのだ。
いつもであれば、実家に帰ったノゾミを黒い犬はいつも全力で迎えてくれた。
尻尾を振る勢いで一緒にお尻まで振ってくれることを想像してノゾミは玄関に入った。
しかし、黒い犬はいつもよりワンテンポ遅れて、ゆっくりと歩きながら現れた。
「どうしたの?いつもの『おかえり!おかえり!』は?」
あまりの変貌振りにノゾミはショックを受けた。すぐ父が玄関へでてきて病気の説明をしてくれた。
その夜ノゾミは、黒い犬の隣で一晩を明かした。
それから4ヶ月後。その日は何か予感がした。
定時を過ぎた後、残業時間までの少ない休憩時間の中、ノゾミは実家に電話をした。
すると、ほんの2時間前に、黒い犬は息を引き取ったと父親から聞かされた。
最後は眠るように天国に旅立ったそうだ。
この4ヶ月間、両親は必死で看病をした。
「一人で逝ってしまうのは寂しいだろう」と、夜も交代で黒い犬の傍で寝るようにしていた。
聞くかもしれない漢方薬を飲ませ、良くなるようにといつも祈った。
しかし努力と願いは及ばず、黒い犬は逝ってしまった。
母は泣き続け、ダンボールで作った棺桶の中を花で満たしたという。
それを聞いてノゾミも泣いた。
父は泣くなといい、ノゾミを励ました。
「お父さんとお母さんには、お前がいるから」
ちょっと当たり前のことだろうけど、
彼らの黒い犬への想いが滲み出た、とても切ない言葉だった。
ノゾミはこの後仕事が残っていることを思い出し
必死で涙を止めて会社に戻った。
命の火が一つ消えるということは、どんな生物であっても重みはかわらない。
大切な大切な家族が天国に行ったことは、ノゾミの中では初めての体験だった。
いたずらをして叱ったことも、行動がおかしくて笑ったことも、心から愛おしく思っていることも、
全ての想いは、黒い犬がくれた贈り物である。
ノゾミたちがたくさん愛したお返しに、たくさんの幸せと思い出をくれたのだ。
それだけで、この先も幸せでいられるような気がした。
とても大きな悲しみがノゾミを襲ったが、そこには不思議な優しさも溢れていた。
暖かく、包まれる感覚。涙が沢山こぼれるが、微笑むことが出来る悲しみ。
そう思えるということは、きっと、幸せなのだろう。
泣き尽したノゾミは写真をそっと手に取り、黒い犬へ向かって囁いた。
「ありがとう。愛してるよ。」