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追憶
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追憶-2

 どこからかパトカーのサイレンが聞こえる。
 睡魔はゆっくりと高岩の瞼を下ろし、闇の中、雑踏か外国の言語か、耳の奥で聞き取れない不明瞭な言葉が囁かれる。
 眠りと死の狭間を涅槃というのだそうだ。
 高岩は突然、柔らかな光の中に投げ出された。
 黄色い喧騒がどっと溢れ、周囲には小さな子供達がいた。
 幼稚園の記憶なのか、高岩は見覚えのある砂場で遊んでいた。
 プラスチック製のスコップで小さなバケツに砂を詰め、幾つものプリンを作っていく。
 整然と並ぶ砂のプリンは幾何学的で美しい。
 思えばこの頃が何の不自由も無く、一番幸せだったのかも知れない。
 すると突然、プリンの一部が小さな足に踏み潰された。
 高岩は相手を邪険に押し返す。
 気を取り直して砂のプリンを作り始める高岩だったが、突然背中を押され、砂の中に押し倒された。
 口の中や服の中にも砂が入り込み、ざらついた不快感に怒りと悔しさが込み上げる。
 熱い血液が逆流し、こめかみが痛いほど脈打つ。
 大声を上げて相手に掴みかかる高岩。
 涙と砂、鼻水と涎が混じり合っても拭うこともせずに、両手を兎に角ぶつけ合い、怒声をあげる。
 幼く、原始的ではあったが純粋で素直な感情のぶつけ合い。
 ネジを巻かれたばかりの弾ける生命を感じる。
 やがて掴みあいを止め、泣き声をあげ始めると、光の中から手が伸びてきて高岩の小さな体を持ち上げた。
 逆光の中、相手の顔は暗くてよく分からなかったが、甘い香りのする女性だった。
 ふくよかな胸に抱かれると気持ちが安らいでいく。
 しかし、それを俯瞰で見ている高岩の胸中には忸怩たる思いが湧き上がっていた。
 気が付くと高岩は半身を起こして泣いていた。
 頭を抱えてむせび泣く高岩に気付いた瑠璃は背中を抱えてやり、落ち着くのを待った。
 気が付くと夜が明けていた。
 落ち着きを取り戻した高岩はシャワーを浴び、瑠璃が用意してくれたコーヒーを口にした。
 一体どんな夢を見たのかという瑠璃の質問に、高岩は恐ろしい夢だったが、目を覚ました途端に忘れてしまったとごまかした。
 勿論、忘れてなどおらず、夢には高岩なりに寓意を感じ取っていた。
 また、何年も感情の発露したことはなく、妻子と別れてもあまり寂しさは感じなかったが、久しぶりに声を上げて泣いたことで気分も晴れていた。
「高岩さん、自殺したりしないよね……」
 財布の中身を洗いざらい机に吐き出す高岩を見て、瑠璃が声を掛ける。
 その言葉に高岩は笑みをこぼした。
「心配してくれるのか?」
「莫迦。自惚れないでよ。お客に死なれたりしたら気持ち悪いだろ」
「死んだりしないさ。俺は今、底値だがこれから上がるんだ。二年後には若い嫁さんでももらってニコニコ暮らしているよ」
 高岩の言葉に苦笑する瑠璃。
 高岩は手を振って別れを告げると、晴れやかな表情で陽光の中を歩きだした。

終。


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