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『スイッチ』
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『スイッチ』side boy-5

「おかわり!」
くっと喉をそらして中身を飲み干して、テーブルに置いたままだった空き缶を片付け、冷蔵庫の前で悩んでる。
僕の側を通り過ぎた一瞬に香った、甘い甘いラズベリー。
「柳木さんにももう一杯」
本当はまだ残っているけど、無性に甘い酒が飲みたくなった。
何飲むーって聞いてくるゆきちゃんの後ろから冷蔵庫を覗き込む。
(…やば)
ちょっとどころか、かなりのハイペースで飲んでたせいか、足がふらついて。
本当に偶然に、抱きついてしまった。
「しん、ちゃん?」
ぴくりと震えた肩の動きで、また甘い誘惑。
「ゆきち、甘いにおいがする」
これは偶然の事故であってわざとじゃないんです、って言い訳しようとしてたはずなのに、僕の口は勝手なことをいいやがる。
「はい、おかわり」
差し出された缶にはライムの絵。
これじゃなくて、カシオレとか甘いのがいい。
だから、駄々をこねてみる。
「いーにおい。髪の毛ふあふあだし」
同じシャンプーを使ったはずなのに、もっと強く、甘く。
とってもおいしそうで、喉が急激に渇いていく。
開けっ放しの扉の中に、ゆきちゃんの手ごとライムのチューハイを押し戻して、寒くないようにとほんのり温かい手を抱き寄せる。
「酔っ払いすぎ!」
「このぐらいじゃ酔わないよ、僕」
嘘だ。完全に酔っ払ってるのが自分でわかる。
これ以上は、イケナイこと。
「あのね、ゆきちゃん」
それなのに僕の体はまるで言うことを聞いてくれなくて、折ってしまうんじゃないかと恐る恐る、でも1ミリの隙間も嫌うように彼女を閉じ込める。
「自分でいうのもなんだけど、僕ってピュアボーイじゃない?」
「うん、そうだね」
「だからね、あんまり卑猥なことされると、すぐに期待しちゃうの」
怯えるように、困った視線を泳がせてる。
それでも初めてしっかりと抱きしめた柔らかさとか、むき出しの首筋とか、キミの全てが僕をおかしくさせるんだ。
「僕ね…ゆきちゃんが好き、で、す」

言ってしまった瞬間に、さーっと体の熱が引いていく。
彼女の気の抜けた返事も、こんなに近くにいるのに遠く感じる。
「あーもう言わない!」
答えを求めたら、もうこんなに側にはいられないって、せめてもっと時間が必要だって散々悩んでたのに…!
我に返ってきつく彼女を戒めていた腕を解く。取り消したいけど至近距離じゃ絶対聞こえてしまった告白に、眠気も酔いもふっとんで、代わりに恥ずかしさと自己嫌悪があとからあとから溢れてくる。
「しんちゃん?」
顔、見られるのはまずい。
絶対真っ赤だし、目泳いでるし。
首にかけてたタオルで、何も聞こえないように、もう乾いてしまった髪を拭いてみる。
話しかけてくる彼女に、意味のわからない言い訳ばかり並べて。
――なんとかごまかさないとっ
「…そんなおもいっきり拭いたら、はげるよ?」
「なっ」
くすくす笑って、ふわっとした優しい顔のゆきちゃんが気づいたら目の前で。
「あんね」
「あーあー!聞きたくない!」
どうか神様、時間を戻してください。
まっすぐに僕を見てる彼女の顔が、ほんの少しもみられない。本当に、僕って情けない。
「信之介!」
「は、はい」
やばい、声が震える。
振られる? ていうか、軽蔑される?
『最低、大ッ嫌い』
もうこのフレーズしか頭に浮かばない。
彼女の口からきいてしまったら、きっと僕は立ち直れない。


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