『スイッチ』side boy-4
彼女の第一印象は『キレイなお姉さん』。
年齢層高めの職場だから、彼女が入社してから男性人の浮かれっぷりはお局様が眉をしかめるほど。
本当に、華やかな人。
僕なんかじゃ、手の届かない人だと思ってた。
それが段々、気づいたら名前覚えてもらって、二月前の送別会で『しんちゃん』て呼んでくれて。
期待してしまう出来事がそれからたくさん起こって。ほんと単純、気持ちのブレーキなんてずいぶん前に壊れてしまった。
どろどろしたエゴを押し付けて、大切にしたいのに、無理矢理にでも全て奪いたくなる。
思い切り熱くしたシャワーを浴びなおして、したたる水滴をぬぐいながらドアをあける。
「あれ、ゆきち?」
洗面台の大きな鏡に向かってため息ついてる彼女をみて、全開にしかけたドアを閉める。
「あ、ごめん、タオル出しといたから」
慌てて差し出されたバスタオルが、ほんの少しあいてた隙間から入ってくる。
普段男ばかりのシモネタトークもさらっと乗ってくる彼女だから、その反応がやっぱ女の子なんだなーって可愛かった。
「おー、スッピンだ」
「だめですか」
「や、かわいいかわいい」
濡れた髪を拭きながら、ワンサイズ以上大きいんじゃないかってスウェット姿で出てきちゃって、なんて無防備なんでしょう。
深夜番組も見飽きた僕は、勝手に晩酌中。
飲んでも飲んでも喉が渇いて、さっぱり酔えないのは心臓がいつも以上に働いているせい。
ハイペースで空き缶を増やす僕に付き合ってか、ゆきちゃんも冷蔵庫から甘そうなチューハイを取り出している。
「くそぅ」
ちょっと眉間に皺を寄せながら缶を持つ彼女は、さっきからプルタグと格闘中。上手く指に引っかからないようだ。
「どれ、僕に任せなさい!」
おにーさんが開けてあげようと手を出すけど、ゆきちゃんも意地になってる。大丈夫っていいながら、子猫みたいにかりかりとひっかいている。
「意地っ張りめ」
空になってしまった缶を捨てるついでに立ち上がり、テーブルに置かれたゆきちゃんのチューハイに軽く指を引っ掛ける。
ぷしゅ!といい音であっさりプルタグは降参。
「…ありがと」
ちょっと拗ねちゃったのか、目を伏せたまま口をつけてる。
僕が新しい缶を持って座るまでの間に、ゆきちゃんは天気予報ばかりのテレビを消して、代わりに軽快なロックをかける。
「ん、これってこの間発売したばっかりじゃない?」
「見つけた瞬間レジ直行!」
この前休憩時間に、早く出ないかなと話していた新アルバム。
曲の話をしながら、好みのメロディーに自然と指でリズムを取ってしまう。
4曲目が終わる頃には、少しの眠気と、まだまだ喋りたりない音楽バカの僕たち。
「ゆきち、なんでそっち座るの?」
「や、動くのめんどい」
なんとなく言ってみたけど、動かないでいてくれたゆきちゃんにちょっと感謝。
こんな気分じゃ、おもわずちゅーしてしまいそうだ。
「あー!ライブしたい!」
思い切り鳴らせば、きっとこのもやもやも吹き飛ぶだろうから。
「ゆきち見にきてよ」
何度目のお誘いだろう。でもきっと、ゆきちゃんだったら僕らの作った音を気に入ってくれるはず。男の好みはわからないけど、音の好みは一緒だし。
「無理ー」
「仕事?」
「そうよー」
「夜からだし、残業断ってきちゃいなよ」
このお願いは、最初から無理だってわかってる。
今はきっと、仕事にやりがい感じちゃってるだろうから。難しい顔して資料眺めてたり、しんどいはずの残業断らないのも、今の仕事に一生懸命なのがわかるから。
そのうち空いてる日に、観に来てくれれば充分だ。