ある日の雨の中の女-2
しかし高野のアパートについたころには成美は十分に落ちついていた。
「僕タクシー代出しますよ。まずタオル持ってきますから」
とりあえずストッキングとパンプスを脱いでタオルで拭く。
キッチンにある椅子に腰かけ、白いタオルで拭きながら成美は部屋を見渡した。
「春彦さんってこんな部屋で暮らしているんだ…」
奥さんと子どもがいて、別に変わったところもないけれど、おもちゃ、家族の人数分の食器、でも降りしきる雨と、その家族がいない分全体にもやがかかったみたいに暗くて、思わず成美は少し震えた。
「今主人が出張中で…子どもが待ってるから帰らなきゃ」
「えっ、家にお子さんだけなんですか」
「いえ…近くに住んでいるうちの母が見てくれているんですけど」
「良かった」
高野は明らかに嬉しそうな顔をした。
でも変な素振りは全く見せず、快活にユーモアたっぷりにいろいろ話かけるので、拭きながら成美は思わず笑った。
「もう、あんまり笑わせないで。あっ、このタオル白だわ。奥さんに悪いことしちゃった」
「気にしないで。どうせ百均だから」
「便利な世の中ですね」
「便利な世の中になりましたね」
真面目くさって言ったあと、互いに顔を見合わせながら大笑いした。まるで10年前のあのころのように。
「片桐さん、飲みませんか」
キッチンのテーブルにとん、と高野が置いたのは缶ビール2本だった。
「高野さん、お酒なんて…」
「すみません、お茶っ葉切れちゃってて…でもすぐあったまりますし、疲れも取れますよ」
それから高野がとんでもなくなくこっけいな話を始めたので、相づちをうちながらつられてビールに手をのばしてしまった。
でもお酒が進むにつれ成美の頭は冷えてきた。高野は酔いが回ってきてしばしば品のない話をした。そして少し露骨に妻や生活のグチをこぼした。
成美はゆっくりビールを飲んだ。
(高野さんってこんな人だったかしら…10年前はあんなにやせていたのに、少し太ったわ。でもまあ標準体型ではあるかしら。まだ35だもの。あの頃は全部素敵に見えたわ。こんな生活のグチをこぼすなんて。でもお互い、大人になったのよね)
高野が席を立っている間に成美は頭の中でぐるぐるとそんなことを考えていた。
高野は戻ってくると唐突にこう言った。
「片桐さん、泊まっていってください」
「えっ…」
「もう布団ひいちゃったし。もう遅いでしょう」
「やだ、もうこんな時間…!」
時間が過ぎるのを忘れていた。ふらっと立ち上がったが、お酒に弱い成美は見当違いの方向に向かい、ダッシュボードの上の写真に目が止まった。