青いホース-9
「ぼくは誰にも殺されていないよ。きみのせいでも、パパのせいでもない」
「でも」
「それにきみは、ぼくを守ってくれた」
そういって彼はホースを地面に置いた。水は出しっぱなしだけれど、もう、虹は見えない。
父が諦めてしまったのはいつだったろうか。母が死んで、その後いつからか、父はたくさんのことをやめた。仕事も、趣味のギターも、笑うことも、このこを撫でることも、私と話すことも。
私がいつもより多めにやった餌を、例のごとくお馬鹿なこのこは穴を掘って埋めだした。その様子を見た父はいきなり立ち上がったかと思うと、裸足のまま庭にでて、置き去りにされていた長い金属製のスコップを手にとって、振り上げた。私はベランダにいたのだ。父がいつも母を見守っていたその場所で、その音を聞いた。スコップが叩きつけられてあのこの体に当たる鈍く嫌な音。酷く甲高く上がったあのこの悲鳴。父は何やら叫んでいた。うるさい、とか、穴を掘るな、とか、そう言ったことだったように思う。よくは覚えていないけれど、父は悲しんでいた。私は動けなかった。
助けなければと思ったのに。助けにいったら、自分が殴られてしまうのではないかと思ったら恐くて、だんだんと聞こえなくなる鳴き声もわかっているのに、私は、私は自分をとったのだ。あのこを、守る、ことよりも。
ごめんね。私があなたを殺した。
「ぼくを、埋めてくれたんだね」
「……死んでからのことだよ、守ったわけじゃない」
「ううん、ぼくを、守ってくれた。大切だと思ったから、埋めてくれたんだよね」
「自意識過剰」
「ジイシキ……なに?」
わからないならいい、と冷たく言ってやったら、少し拗ねたように口を尖らせた。もう、可愛いこだ、なんて、自分よりも年上に見える男のひとに向かっていう言葉ではないかもしれないけれど。