青いホース-5
「きみは優しいんだね」
不意にそんなことを言われて、どきっとした。
「違う、感傷にひたってみただけだよ」
「そうかな、でも、優しいと思うよ」
「やめてよ。優しくなんかない」
「どうして?」
どうして、って、そんなの。
「だって」
鳴き声が耳に残っている。いつも大人しく、騒ぐことをしないあのこの、甲高い悲鳴。やめて、やめてと声が聞こえるようだった。そうして一つ大きくわん、と鳴いて、それきり動かなくなってしまった。
私が、
「私が、殺したんだよ」
男のひとが、ぱっとこちらを向いたのがわかった。だけど私はそちらを見はしなかった。ゆっくりと瞼を落として、胸の内で言葉を反芻する。私が、殺した、あのこを。
瞼の裏、闇の向こう側、太陽の光が見える。白と赤と黄色に眩しい光の中で、手入れの行き届いた庭と、麦わら帽子をかぶってそこに佇む女性、それをベランダから見守る男性と、その横にごろりと寝そべった大型犬の姿が浮かんだ。私の日常をとりまいていたはずの、当たり前のような幸せの風景。
ゆっくりと瞼をあげる。そこに帰ってきた現実は、あまりにも虚しかった。
もう、誰も、いないのだ。