ある卒業式にまつわる短編集-1
Five episodes concerning the graduation are recorded in this collection of short stories.
shot1.
朝の風景が欲しいといったら、意外にすんなりいれてもらえた。
朝の6時半、用務員さんもまだ来ていない時間。わざわざ鍵を預かって、あたしのために正門を開けてくれた先生には、正直申し訳ない。
でも、どうしても欲しかったんだ。
「……で、どこを撮るんだ?」
「全部です、全部!」
あたしはお気に入りのカメラを掲げて言った。
全部撮っておきたい。プールも、職員室も、グラウンドも、屋上も。
だって、今日が最後なんだから。
だれもいない学校がこんなに宝の山だなんて知らなかった。
あちこちでファインダーを覗いて、あたしはいい被写体を探す。雀宮高校写真部での、最後の活動。
「撮る前は一言言えよ。無断で撮ったらいかんもんとかもあるからよ」
「わかってますよう」
あたしたちは校舎の中を歩いていた。慣れ親しんだ場所が、なんだかやけに魅力的に見える。
いろいろ探すうちに、ふといいところを思いついた。やっぱりあそこは撮っておかなくちゃ。
「先生、教室って入れます?」
「ああ。構わないが」
「じゃあ私のクラス、入れてください!」
そう言うと、先生はいつもの無表情で、「ああ」と返した。
階段を少し駆け足であがる。先生は後ろから普通の歩調でついてくる。あたしがせかすように振り返ると、先生はフ、と少し笑った。
3―Bの教室は、やっぱり最高の被写体だった。
ヘンに片付きすぎてない机の並び。昨日のうちにだれかが書いたのか、黒板の落書き。結局なんであるのか最後までわからなかった、ロッカーの上の空っぽの水槽。窓から見える、グラウンド。
「へえ、いいな」
あたしの横で、先生がぼそっと呟く。その横顔に、思わずカメラをむけたくなった。
「えへへっ、いい画思いついたでしょ。こういうのって、なんか寂しい感じがあっていいんですよね」
早速カメラを構えて、アングルを合わせる。人差し指に力をいれると、シャッターの落ちる音がする。
そして、あたしたちの教室はフィルムに閉じ込められる。
「……いいの撮れたか?」
「うんっ」
本当のことを言うと、足りないものがあった。でも、口には出さない。
「琴南」
ふいに名前を呼ばれて、あたしは少しびっくりしながら顔をあげた。
「なんですか?」
「お前、芸術大学の写真科に進学するんだろ?」
「え? うん、そうですよ」
「その、あまりおれがいうことじゃないかも知れないんだが」
そこで先生は、一瞬口ごもる。
「写真に、ちゃんと興味はあるのか?」
「え……」
ああ、そうか。
あたしだってバカじゃない。先生がなにを言っているのかはすぐにわかった。
なんだ、気付かれてたんだ。あたしが写真部に入った本当の理由。
「興味を持ってくれたなら、俺はうれしい。写真部顧問だしな。最初は、あまり好きじゃないふうだったろ」
先生のいう通りだった。最初、写真部で本当にあたしがやりたかったのは、写真を撮ることなんかじゃなかった。
でも――
「……知ってます? 写真ってすごいんですよ。ほんの一瞬、たった一秒で消えてしまうはずだった世界の美しさを閉じ込めるんです。“時”の芸術、それが写真です」
いまは、本当に写真が好き。大好きだった人の好きなものなのだから。
「それ、俺の言葉だろ」
「えへへっ。バレました?」
カメラを構えて、俯いていた顔をあげる。あたしはレンズを先生に向けた。
「先生、一枚撮らせてください」
バックは落書きだらけの黒板。赤と白のチョークで「祝! 卒業」と書かれている。
先生は、いつもの無表情で、「ああ」と返してくれた。