ある卒業式にまつわる短編集-2
shot2.
朝から憂鬱な日だった。
ぼくの気分とは正反対に明るい窓の外の青空を眺めながら、何度目かのため息をつく。
クラスメイトたちは、最後の登校を精一杯楽しもうとばかりに、おしゃべりに花を咲かせている。
今日は卒業式だ。
胸につけた白い造花を指でいじくる。時計を見ると、式まであと10分ほどだ。
卒業式に出たくない。これがぼくの憂鬱の種だ。
絶対に、泣いてしまうから。
「アンタ、絶対泣くでしょ」
朝、トーストにジャムを塗っているときだった。案の定、向かいに座っていた姉貴はそう言った。
「うるっせえなー」
「昔から涙もろいもんね、アンタ。覚えてる? 中学校の卒業式だってアンタわんわん泣きだしてさ」
「覚えてない」
「ウソつきなさい。あたし宥めるの大変だったんだから」
「もう、やめろよな、その話!」
そう、ぼくは涙もろい。だから今日の卒業式も出たくなかった。
泣いているところなんて、恥ずかしいからだれにも見られたくないのに。
「今日、あたしも行くからね。会社休みとったから」
「いいよ、来なくて。会社行けよ!」
「お、生意気ね」
姉貴がくる。それが一番いやだ。またからかわれる。そう思うと、ますます憂鬱になる。
入場、行進、着席。
練習通りの進行なのに、やけにみんなしゃちこばっている。晴れ舞台、というほどたいしたものじゃないと思うけど、普段と違う空気に緊張しているのだ。
『ただいまより、第六十八回、雀宮高等学校、卒業証書授与式を開式致します』
マイクを担当しているのは、ぼくの担任だった美作先生だ。ああ、お世話になったなあ……。
そんなことを考えていると、不覚にもいきなりうるっときてしまった。しまった! まだ早過ぎる! 今泣きだしたらバカみたいだ!
慌てて美作先生のことを頭から追い出す。手をグーの形ににぎりしめた。
ダメだ。やっぱり泣いてしまいそう。
舞台の上では、校長先生がぼくたちに最後の言葉を送ってくれている。ああ、もう。なんで今日に限ってそんなにいいことばっかり言うんだよ。
頭の中に高校の想い出が次々に浮かぶ。文化祭、修学旅行。サッカー部や生徒会。全部今日で終わりなんだ。
『卒業証書、授与。代表、三年B組、高橋崇』
「はい」
名前を呼ばれてぼくは立ち上がる。みんなの代表で、舞台で証書を受け取る役がぼくなのだ。
零れそうな涙を、唇を噛んで堪えた。決して泣かないよう気合いをいれて、舞台へ向かう。
階段を登って舞台に立つと、全校生徒がぼくに注目していた。やっぱり緊張してしまう。礼をして、校長先生と向き合うと、先生が証書を手渡す。ぼくはそれを受け取って礼をする。
そこで、校長先生が、小さな声で言った。
「おめでとう」
「……っ! あ、りがとございました」
やばい、いまのは危なかった!
唇をさらに強く噛んで、涙を必死で我慢する。早く席に戻ってしまおうと、少し急いで後ろをむいた。
そのとき、ふとだれかがどこかで鼻を啜るのが聞こえた。女子のだれかが泣いているのかと思ったが、それには聞き覚えがあった。
見た。保護者席。スーツ姿の女性がハンカチで顔を抑えて泣いている。
(姉貴……)
姉貴が泣いていた。
両親が死んでから、ずっとぼくの面倒を見てくれていた姉貴。ぼくが泣くたびに慰めてくれていた姉貴が、泣いている――。
ちょ、やめろよ。反則だろ、それ。
我慢は限界だった。
「うっ……うう……」
結局、ぼくは泣いてしまった。
全校生徒の前で涙をボロボロ零しながら、ぼくは校長先生に、在校生に、そして、保護者席にむかって、深く礼をした。