崩壊〜結末〜-1
目の前にしゃがむ仁志に、涼子は肩を掛けると中へと連れ込んだ。
リビングのソファに身体を預け、エアコンのスイッチを入れた。
「すぐに何か作るから」
涼子は、ソファに横たわる仁志を残してキッチンへ向かった。
エアコンから吹き出る暖かな風が部屋を心地よい室温に変え、冷え切った身体を徐々に溶かしていく。
(涼子さんに…確かめなきゃ)
仁志はキッチンへ行こうとソファを立ち上がった。が、空腹な上、足に力が入らない。
よろけながらも、どうにか立ちリビングの出口へ向かった。
扉を開けると、すぐに忘れていた食欲を呼び醒ます、美味しそうな匂いが鼻孔いっぱいに広がった。
仁志の気配を感じて、涼子が調理台から振り向いた。
「…部屋で寝てななくて良いの?まだ、顔が青いわよ」
「いえ、ここで待ってます。涼子さんが作ってるところ、見ていたいから…」
心配げな顔で気遣う涼子。対して仁志は力無い笑みで応えてテーブルに着いた。
「分かったわ。すぐだから待ってて」
息子の気持ちに半ば嬉しさを感じた涼子は、小さく笑うと再び調理し始めた。
仁志は、その後ろ姿を黙って見つめた。
“実の母親である涼子が、自分のために料理を作ってくれている”
彼にとっては、望むべくして迎えたシチュエーションだった。
このあと、彼女に事実を知っていること伝えるつもりだった。
しかし、後ろ姿を見つめるその目に、彼女は女として映っていた。
(何故…何で、涼子さんを?彼女は実の母親なのに…)
仁志は“彼女は母親なのだ”と、考えを打ち消そうとした。
偽りの家族関係をすべて清算し、自分の存在理由を最初からやり直したいはずだった。
なのに、何故。
「さあ、出来たわよ!」
仁志の前に置かれたのは、小さな土鍋に作られた洋風おじや。トマトとベーコン、レタスをご飯と煮込み、ピザ用チーズが散らしてある料理だ。
「いただきます…」
スプーンで中身をかき混ぜ、ひと口に運んだ。角切りベーコンから出た旨味とトマトの酸味、濃厚なチーズの味が一緒になって口の中に広がる。レタスのシャキシャキ感もアクセントになって、とても良い味だ。
ひと口目を堪能した後、ガツガツと貪るように口に運んだ。スプーンの動きがだんだん速くなる。
「ふうーーッ!」
仁志は満足気な顔でスプーンを置いた。よほど食事が旨かったのか、スープまでキレイに平らげていた。
額にはうっすらと汗を滲ませ、青白かった顔にも赤みがさしている。