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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-7--6

 葉月真司は、仕事が終わってからもふらふらと、繁華街を歩いていた。
 まっすぐ家に帰る気には、なれない。
 神栖慈愛の言葉が、葉月を打ちのめしていた。


「大事な話なんだ」
 葉月は、この上なく真摯に、神栖を、自らの生徒に訴える。
 神栖は戸惑っているように見えた。気のせいでは、きっとない。
 渋々ながらも神栖は生活指導室まで付いてきた。もちろん、神栖の性格からして、断るなんてことは最初からあり得ない。
 いつかと同じように、相対して座る。
「何の話ですかぁ?」
 ほんわかとしているのはいつもの通りだが、髪に結んである青いリボンをしきりに弄っている。
「その首の傷」
 誤魔化しは、いらない。愚直なまでにまっすぐに、葉月は生徒に言葉を投げる。
「――誰にやられた?」
「――――」
 神栖は言葉を返さない。ただ困ったように、《微笑っている》。
「先生、当てようか? ……お母さん、じゃないか?」
「………!」
 顔が歪む。歪ませてるのは、自分じゃなく。あの母親だ。
「神栖」
 もういいんだ。もう充分だ。
 親が子を傷つけるなど、絶対にあってはならない。
「……違いますですよ。お母さんは、違います……これは、違うんです」
「隠さなくていい。いや、隠さないでくれ」

「――お母さんは、間違っている」

「……」
「神栖のお母さんのしていることは、間違ってるんだ。絶対に、やっては」
「それで?」
「……え?」
 一瞬、何を言われたのか分からなかった。
 だって。まるで、神栖の雰囲気が、あの人懐っこい笑顔じゃなくて。
 ――笑っている。
 その笑みが純度を増してくる。含みのない、感情のない、ただ笑っているだけの笑顔。
 怒るかもしれない、或いは泣くかもしれない。戸惑うかもしれない、混乱するかもしれない。
 そんな、葉月の予想を。神栖慈愛は、砕いた。
「間違ってるとして、間違ったお母さんから産まれた私は、間違った子供ですか?」
「神栖、それは」
「違わないです。先生の言ってるのは、先生の勝手な独りよがりです」
 それは、まるで弾劾。
「慈愛はお母さんの傍にいたいです。先生は、引き離そうとするですか?」
「…だけど、神栖、お前のその怪我は」
「私はいいんです。メグが納得してて、お母さんもメグのことを好きでいてくれて。それで何か問題がありますか?」
「…………」
 言葉が、出てこない。言いたいことは山ほどある。
 だけど、……この透明な笑顔には、何を言っても届かない気がした。
「……それでも。お母さんが子供を傷つけるのは、間違っている」
「……先生? 誰を見てますか?」
 誰を? 決まってるじゃないか、神栖。お前だよ。
 そんな言葉は、出てこない。浮かばない。言えない。
「メグはこのままがいいんです。このままでいいんです。……どうして放っといてくれないですか?」
 透明な笑顔から一転。涙交じりの声に、葉月は胸を抉られる。
「神栖…」
 神栖は立ち上がる。それはつまり、拒絶。
「先生、メグは嘘をついたですよ」
 いきなりの告白に、葉月はもう、何も言えなくなっていた。
 自嘲のように韜晦のように、神栖慈愛は、言葉を投げる。
「メグは優しいお母さんが大好きです。怖いお母さんは、嫌いです」
 涙交じりでも、だけど透明な笑みを浮かべながら、独り言のように。
「……ずっと、優しいお母さんでいてほしい」
 それはきっと、神栖の紛れもない、本心。
「ずっと優しいお母さんでいてくれたら、先生は私達を引き裂かないですよね……?」
 呟く、小さな願いは。
「……今のは誰にも内緒です。約束ですよ」
 神栖は、生活指導室を出て行った。


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