多分、救いのない話。-7--4
「えー、今から職員会議を始めたいと思います」
今集まっているのは、深明学園の中等部の教員と、主に中等部がメインの養護教諭だった。
仕切りは二年の学年主任が取っている。金曜の夜、皆手が空けられる限り探し回った。事情を知らない人間でも、慈愛が夜遊びをするような生徒でないことは知っている。そんな生徒が、三日も見つからない。
事件に巻き込まれた可能性は、誰もが考えていた。
そんな中、例外が、おそらくは二人。水瀬と葉月だ。
……はっきり言おう。水瀬は葉月を疑っていた。
駆け落ちとまでは言わないまでも、匿っているんじゃないかと。葉月の不審な態度から、そう思った。そう感じた。だから。
「金曜日、神栖さんがいなくなったと親御さんから連絡がありましたが。残念なことに、まだ見つかっていません。親御さんは警察に相談するとのことです」
「……ぇ?」
小さな声は、幸い隣にも聞こえなかった。
だけど。
「皆さん、生徒などから噂を聞きましたら、とにかく情報を。お願いします」
あれだけ、警察に意味はないと言っていた彼女なのに。
ちらりと、葉月先生のほうを見てみた。
どんな感情を抱いたのか、水瀬の席からでは分からない。
職員会議は、この話題はここまでで、次の話題に移る。
不自然だった。唐突だった。
彼女が本当に警察に行ったのだろうか。……考えにくい。それに、実際水瀬も警察に意味はないと感じる。
建前上、あの時は警察を勧めたが、この問題は《違う》と感じていた。
なら、これ以上学校に介入されたくないから、彼女が手を回したのか。
いや、それもおかしい。連絡してきたのは彼女の方からなのだ。学校に介入されたくないなら、最初から連絡しないし、介入されたくない事態が発生したとしても、発生することを予測するぐらいは、彼女は出来るのに。
じゃあ、誰が。何故?
警察が、介入したら。彼女が慈愛に『教育』している内容を考えたら。親娘はきっと、引き裂かれるのに。
「………!?」
じゃあ、まさか。そうなのだろうか。
葉月真司が、警察に通報したのだろうか?
(落ち着け、私……)
疑心暗鬼に駆られている。葉月が通報したなら、学校はそれを隠す必要もない。親御さんがなんて言う必要は、何処にもない。
もう何が何だか、分からなくなった。
火口はある人物を訪ねていたが、自分の知らない相手も訪ねていたため、上手く話ができなかった。
何しろ訪ねた相手も訪ねた相手を訪ねた相手もまるで火口を相手にしないのである。当人達にその自覚はないのだが。
しかし、予想外に情報が収穫できたのも確かであった。同時に、やはり慈愛の行方は分からないことも分かった。
下記はその会話である。
「あれれ、来客かい」
「あ、先客ですか? 俺ならまたあとでいいんすけど」
「別にかまわんよ。こいつのことは空気と思えば」
「エアー人間の金田一です。いやいや、金田一っていうと名探偵だったり国語の偉い人だったり、中々名前負けしてて悲しいですなぁ。木下はありふれた名前ですから、そこら辺はうらやましいなぁといつも思っとります」
「はあ」
「で、何の用かな?」
「あ、いややっぱり帰りますわ。木下先生に来客なんて珍しいですし」
「何気に失礼だな、君は」
「いやいや、木下は確かに奥さん亡くしてから世捨て人みたいに暮してるからなあ。せっかく医者としての腕はいいのに、木下なら引っ張りだこだろ」
「人間関係のしがらみは性に合わない」
「あの、ちょっと人がいると言いにくいことなんですわ」
「構わんと言ってる。金田一は多分、お前の疑問に答えられるだろうしな」
「は?」
「あ、申し遅れました。ボク、深明学園の学園長しとります」
「深明学園、って」
「慈愛くんのことを警察に言ったのはこいつだよ」
「……は?」
「んん、まあ、そうですねぇ。いやはや、保護者の抗議が怖いですが。やはり中学生の女の子が、数日間行方不明になるのは怖いですからね。心情としても立場上としてもご理解いただきたいものです」