多分、救いのない話。-7--10
神栖が言った『秘密基地』は、私有地の山にある小さなプレハブ小屋だった。
「ここ……ここって」
水瀬先生はうわ言の様にぶつぶつと呟いていた。
「こんなところに……」
神栖は押し黙ったまま、水瀬先生の迫力に負けた形で、しょぼくれてプレハブの中に入る。
しかし、狭い室内には誰もいない。電気もついていなかった。
神栖が手探りで、小さな豆電球をつけると、辛うじて部屋の輪郭は分かるものの、やはり誰もいない。
「入口は……こっちなのです」
神栖が倒れたイスをどけると、マンホールのように丸い鉄板があった。
マンホールと違うのは、取っ手が付いてること、その取っ手にカギが付いてることだろう。
神栖は鍵を取り出し、鍵を開け、マンホールの蓋を開ける。
「おい……」
暗いが間違いなく、梯子があり、その下に階段があった。
「本当に秘密基地だな……」
というより、この厳重さはむしろ、牢獄を思わせる。
水瀬先生は押し黙ったまま、無言のプレッシャーを神栖に浴びせていた。
水瀬先生の様子は明らかにおかしかった。神栖も異常を感じ、怯えている。
自分も入っていいのかとは思ったが、二人きりにするのは危険だと判断した。
階段を降りていく。思った以上に階段は長い。所々豆電球が付いてるが、この閉鎖空間ではあまりに頼りなかった。
しばらく降りただろうか。壁にぶつかった。
「神栖?」
神栖は疑問の声に答える余裕もなく、右手にあった数字キーに何やら番号を打ち込む。
すると自動で、壁が開いた。
「……暗証番号だけじゃなく、指紋照合も必要なのですけど。今は解除してるのです」
葉月は不安になってくる。秘密基地、というが。この余りの厳重さは、度を超えていると思う。
と思ったら、また頑丈そうな扉があった。これは鍵穴があったが、ディンプルンキーという複製不可能な鍵を使われている。普通はこの扉だけでも十分なはずだ。
外からも中からも、神栖が許可を出さなければ出入りできない。偏執的なまでの慎重さだった。
この中に、隠されている《秘密》。
「……中にお母さんがいるですよ」
そして扉は、開かれた。
「あら……珍しいお客様を連れてきたわね」
神栖の母親は白いバスローブ姿だった。……こんな地下に水道やガスが通っているのか。なんてことを考えないと、母親の濡れた髪とバスローブは……葉月は自分が情けなくなった。
しかし、一瞬でそんな思考は吹き飛ぶ。
「返して」
「…………」
「返して!! いるんでしょう、あの子が!!」
「いないわ。ねぇ、奈津美さん」
水瀬先生の剣幕に、まるで駄々っ子をあやすかのように、神栖の母親は穏やかにとりなす。
だけど、そんな穏やかさすら、水瀬先生は消失させた。
「っひ」
水瀬先生は、神栖を。生徒を、羽交い絞めにして。
神栖の首元に、カッターを突き付けていた。
「水瀬先生!!」
たまらず声を荒げるが、そもそも水瀬先生は、自分を見ていなかった。
「……返して。あなたがメグちゃんを大事に思ってるように、私もあの子が大事なの」
「…………」
「あ、あ……」
神栖が恐怖に震えている。当たり前だ。刃物を首元に突きつけられたら誰だって、
「みーちゃん、だめ。だめ、だめ……お母さんが、《怒る》……だめ、だめだめだめだめ」
「……奈津美さん」
神栖の母親は、あくまでも落ち着いていた。
しかし、神栖は。首に突き付けられている刃物でも、刃物を突き付けている水瀬先生でもなく。母親に、怯えていた。