DEAR PSYCHOPATH−9−-2
「忍!」
同じように逃げようとする流が、僕の肩をつかむ。
「早く来るんだ!」
この時僕は、初めて彼の必死に叫ぶ声を聞いたような気がする。
「離せよ!」
「駄目だ!来い!」
そして彼が、僕の体を窓のある方へ無理やり押しやったちょうどその時、カムヤの体が激しく発光し、次の瞬間にはとんでもなく熱い爆風を生んでいた。
何が起きたのか分からない。というよりも、それを考える余裕なんてものは全くなかった。きつく瞼をとし、押しかかる炎の竜巻のされるがまま、僕の体は宙を舞った。そして多分、僕の体の中で始めに地面に触れたのは、左肩だったと思う。そこを激しく地面に擦り付けられるような、摩擦で焼ける痛みだった。例えるなら、机に擦り付けられる真新しい消しゴムの気分はこんなものではないだろうか。後はもう、どこがどこにどうぶつかったかなんてどうでもよかった。とにかく体中が燃えるように熱く、痛かった。
「いってぇ」
僕がやっと、瞼をあけられたのは倉庫から何メートルも離れた所にある、大木に到達してからだった。どうやらここにも体を打ち付けたらしく、背中が痛い。
まだ少しぼやけている視界を首から下に落とすと、服が細かく切り裂かれたように破れ、そこから火傷や切り傷が見え隠れしている。僕は右ひざを立て、左肩を右手で押さえると、後頭部を大木へコツンとあてた。この分だと、鎖骨あたりが折れているかもしれない。
「無事・・・だったようですね」
すぐそばにある茂みから、流のかすれた声が聞こえてくると、僕は心から一息つけた。しかし、燃え盛る炎の灯りで見える彼の傷は、僕のそれとなんか比ではなかった。右手は完全に焼け爛れ、全身、まるで真紅の服で統一しているような姿だった。それを見た時、僕は目を覆いたくなるような吐き気と、同時にハッと思うことがあった。
「流、お前、まさか僕をかばって?」
彼はフッと笑った。
「私も、まだ甘かったということですかね」
「流」
急に目頭が熱くなって、僕はうつむいた。けれど、僕の視界を歪ませるそれは、決して嬉しくてそうなったものではなかった。この涙は、一時の感情に流されて、結局足手まといになんかなった自分自身に対しての悔し涙だった。流は自己嫌悪の闇に落ちようとする僕へ、そっと手を伸ばし、伝い落ちようとする涙を拭ってくれた。目眩がしそうな程暖かく、まるで、その部分の傷だけが治っていくようだった。
「あなたがそんなことでどうするんですか?笑ってください」
「さぁ、肩を貸しますから立ってください」
だが、そう言って彼が僕の手を握ろうとした時だった。赤く染まっている彼の腹部がブッと血を噴いたかと思うと、今度は空中にドォンという地鳴りのような不快な音が響いて、僕は耳をふさいだ。
「・・・!」
そして目の前で彼の体はくの字に折れ、気がついた時には僕に覆いかぶさるようにして倒れ込んでいた。
「なが・・・れ?」
腕の中にある彼の顔を見ると、口からも相当量の血を吐き出しているのが分かる。息も荒く、いつ停まってもおかしくない様子だ。僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「おい、しっかりしろよ。どうしたんだよ」
体を軽く揺すると、とじかけた流の瞼が再び開き、僕を見あげた。本当にこれで何か見えているのかと不安になるくらい、彼の瞳は正気を失いかけている。
かなりまずい状況だ。
「忍、逃げて・・・ください」
消え入りそうな声言いながらも流は、僕の上に横たえていた体を何とか起こし、こっちに背を向ける形で立ちあがった。傷だらけの背中は、目を覆いたくなる程痛々しい。