憂と聖と過去と未来 2-9
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あたしは元気が出てきたところで、足をかばいながら保健室を出た。
そして昇降口へ向かおうとした瞬間、背後から声をかけられた。
「柊さん」
「っ」
その声が誰のものか、瞬時に理解はしても、あまりのトーンの低さに驚いた。
「佐山さん」
いつから後ろにいたのか。
いや、ずっと保健室の前に?
……聖と話してるの、聞かれた?
話の内容もあたしが泣いたのも、佐山さんにとってはいいことではない。
あたしはつい、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「足、大丈夫?」
「あ、うん。消毒したから」
「先生いないのに?自分でしたの?」
「…うん」
「そう…聖くんを見なかった?」
「…え」
「聖くん、騎馬戦で怪我したみたいだから。クラス席にもいないみたいだし、心配になって」
そう口にした佐山さんの目は、いつもよりきつい気がする。
それに、何もかもわかっているうえであたしに訊いている感じが伝わってくる。
一瞬だけ、どうしようと考えたが、言葉はすぐに決まった。
「聖なら、あたしと話した後、先に行ったよ?」
いくらでも誤魔化すことはできた。
でも、あたしは今更、勝手に敵意を剥き出しにしてしまったんだ。
しばらく微妙な空気が流れる。
「……そう、話したんだ。わかった」
佐山さんはそう言って、あたしより先に昇降口へと向かっていった。
「…話したんだ?」
あたしは佐山さんの口から出た意味のわからない言葉を反芻してみた。
しかし結局、そのまま気にせずにクラスの席へと戻ったのだった。
このときは、まだ気付くことができなかった。