シアワセサガシ-2
「キモチヨクならしてあげる」
一人で盛り上がっていた彼は溜め息混じりに呟いた。またか。
彼の舌は私の更に奥を舐め回す。
そんなの
いらない。
私の腿を下から上へ這ってくる生暖かさを感じたその時。
「…っつ!」
私から彼が離れた。
眉間にシワを寄せて私を睨んでいる。口許に赤い血がじんわり滲んできた。
「何すんだよっ!」
「気持ち悪いナメクジに噛み付いただけ」
はだけた制服を直しながら彼の脇を通りすぎた。
「…キモチヨクなんてなれないよ」
私は机の上に置かれたカバンを掴むと、彼を残して教室を出ていった。
教室はあんなに明るかったのに、それに比べて廊下はなんて薄暗いんだろう。そこに響くのは蛇口から水が流れ出る音だけ。
何回冷たい水を顔に掛けただろうか。
『コレナガ カナデ サン』
私を呼ぶ後輩の声をまだ覚えている。触られた感触もタバコの香りもまだ…。
それらを洗い流すように私はまた顔を洗った。
「…っぷは、あっ!」
顔を上げて鏡を見た私は、驚いて声を上げてしまった。
「何やってんの、奏」
私の後ろに呆れたように笑う男子生徒が写っていた。
「大聖…」
穏やかな表情のこの人が先ほど後輩の話に出てきた加東 大聖。
私の幼馴染みだ。『そーゆー関係』ではない。
「顔洗ってるの」
「見れば分かるって。また告られた?」
大聖は腕を組んで壁に寄り掛かったまま、鏡越しに私を見つめた。
その澄んだ瞳に汚い私を映したくなくて、また顔を洗いだした。