崩壊〜陥る〜-7
「オレには、何が本当のことなのか、もう分からなくなったよ」
仁志は、吐き捨てるように思いを伝えると玄関に向かった。
「ま、まて!仁志」
真仁は玄関に追った。止めなければ2度と仁志に会えない。そんな気がしたからだ。
彼が思った通り、仁志は厳しい顔で言った。
「あんた達は何なんだ?」
言葉を残し、玄関は開け放たれた。それを止める術は真仁には無かった。
4,000円と涼子に貰ったお金の残り3,000円あまり。
仁志の全財産。これを持ち、家を飛び出した。向かうのは涼子の家。彼は真実を求めた。
朝の電車。スウェード調の表面に、妙にスプリングの効いた座イス。車窓からは、時折、海岸線が見える。
いつもは、夜のラッシュ時のため座る事など無かったが、休日の朝は違う光景を見せてくれる。
そんな新しい景色さえ、彼には大した意味をもたらさない。
ただ、憤りだけが心を支配していた。
いつもの駅に降りた仁志は、徒歩5分の距離を駆けて行った。
「ハァ、ハァ、ハァ…ハァ…」
昨日の昼から水さえも摂っていない身体で、仁志は涼子のマンションにたどり着く。
正面玄関を潜ると、エントランス・ホール中央の共通インターフォンが有る。仁志は、部屋の番号と呼び出しボタンを押した。
しかし、応答は無い。もう1度押してみる。が、やはり同じだった。
仕方なく、仁志は涼子から聞いていた暗証番号を叩いて中に入った。このまま、帰る気など無かったからだ。
某ホテル。
「こちらが、南部大学病院で第1外科の服部教授だ」
紹介された男は、相手に対して会釈した。その細面な顔立ちは、医学を邁進したい情熱と強い自信を伺わせる。
「こっちは間下涼子さん。ウチで肛門科を任せている優秀な女医さんだ」
2人の仲を取り持つ涼子の病院の院長も、満面の笑みを浮かべていた。
それは服部も同様だった。女性と接することが極端に少ない彼にとって、涼子は天使のように見えた。
「こんな場を設けて頂いて…長澤院長には、なんとお礼を言ってよろしいやら…」
緊張しながら語る服部は嬉しそうだ。
それは、涼子も同じだった。
「私も院長には感謝しております。あなたのように聡明な方を、紹介して下さったのですから」
長澤は高らかに笑った。
「まずは乾杯といこう!これからの君達の未来に」
涼子は、食前酒のシェリーを傾けた。
日は緩やかな動きを伴いつつ、低い位置から高い位置、そして、再び低い位置へ。古くから変わらぬ動き。
普遍的な動きの下、仁志は涼子の部屋の前に座り込み、彼女の帰りを待つ。
そんな彼に、浴びせられる刺すような他人の目。だが、以前のように気にもならなかった。
“どうしても、今日中に確かめたい”
その思いが、彼を衝き動かしていた。