崩壊〜陥る〜-5
「仁志…」
姿勢を正し、改まった口調で語り掛けた父親に、仁志はただならぬ思いがした。
ヒザを抱えていたのが、いつの間にか正座をして向き直っている自分がいた。
真仁の口から語られたのは、思いもせぬ事だった。
「いいか仁志。今後、涼子さんの自宅へは行くな」
思いもしない言葉に、仁志は反応出来ないでいたが、
「ちょ、ちょっと、それどういう意味だよ!」
理解すると、激昂したように父親に向かって怒鳴る。
しかし、真仁の方はいたって冷静だ。
「言ったままだ。涼子さんは独身だ。その自宅に親類とはいえ、おまえのような若い男が出入りすれば、彼女もおまえも有らぬ疑いを受ける」
「そんなわけ、有るハズないじゃ……!」
ごまかそうとした仁志の口許が止まった。真仁は目に力を込めて、ジッと見据えていた。
その目を見て、仁志は悟った。父親は、自分と涼子さんが危うい関係にあることを知っていると。
「仁志。何度も同じことは言わん。これは命令だからな」
「でも、親父。検査結果は?」
「それはオレの方から聞いておく。とにかく、おまえは彼女の自宅に行くな」
普段は優しいが、体裁や社会的なルールに厳格な真仁。これ以上、言っても無駄と感じた仁志は何も言わずに立ち上がった。
「オレ、寝るから…」
リビングを出ていく仁志に、真仁が追い打ちを掛ける。
「行かないよな?」
追い詰められ、逃げ場が無くなった。
「分かったよ。もう、行かないよ」
「仁志、約束事は相手を見て喋るモノだぞ」
「もう、涼子さんの自宅には行かない。これで良い?」
仁志は真仁の顔を睨み付け、言葉を吐き出すとリビングを後にした。
(なんで親父が知ってるんだ)
自室に戻り、着替えながらこれまでの事を振り返ってみるが、自分の方から口を滑らせたとは思えなかった。
だとすれば、涼子の方からということになるが、
(さっき見せてくれた笑顔は、許してくれた意味じゃなかったのか?)
考えているうちに、疑心暗鬼に陥りそうになる。
(とにかく…しばらくは大人しくしておいて、それからだな)
仁志は、考えをつき詰めていくのを止めた。
部屋着に着替えてベッドに潜り込もうとした時、やけに空腹を感じた。
(そう言えば、晩メシ食ってなかったな)
下に行けば何か有るだろうと、自室を出て階段をそっと降りて行くと、リビングの明かりが漏れて廊下に映っていた。
(まだ起きてんのかよ…)
心の中で舌打ちして、ゆっくり階段下まで降りた時に話し声が聞こえて来た。
仁志は壁際に身を隠すようにして、聞耳を立てる。
中からは真仁の声が漏れてきた。