恋の奴隷【番外編】―心の音M-2
―中学1年の頃、ある女子生徒が好きだった男の子に柚姫が告白されて。そんなくだらない嫉妬がきっかけで、柚姫がいじめの対象となったことがあった。
以前の学校から離れたこの学校の中等部に入った私は、学校を変えてもなお心を閉ざし、誰も信じれずにいて。人と関わり合うことを避けていたのだけれど、まるで昔の自分を見ているようで、クラスから孤立した柚姫を見てみぬふりはできなかった。あの頃、私が望み、望まれなかったこと―少しでも私の話しを聞いてくれる人が欲しかった―を柚姫にしてあげていただけだったのだけれど。そのうち、いじめも消え、気が付けば私はいつも柚姫と一緒にいた。自然と笑うことができるようになって、人に対する不信感を和らげてくれたのは柚姫のおかげ。むしろ、私の方が柚姫に助けられていた。
それでも、私は柚姫を失うことを恐れていた。話しを聞いてあげることはしても、自分からは悩みを打ち明けることはしなかった。
あの日、ありのままを受け入れると言ってくれたノロの優しさに甘えて、私は何も変わっていなかった。
一人で何とかしよう、何とか出来る、そう言い聞かせてきたから。物心ついた頃から染み付いた処世術は、そう簡単に抜けなくて。きっと、知らず知らずのうちに、私は柚姫を不安にさせてしまっていたのだ。
「何でも話してなんてことは言わない。だけど、夏音が辛そうにしてるのを見るのが悲しいの。柚は夏音に何もしてあげられなくて…頼りないかもしれないけど、話しを聞くぐらいは出来るよ。泣きたい時は一緒に泣いてあげることだって出来る。だって、柚は夏音のこと大好きなんだもん」
そう言って、柚姫は眉を八の字にして小さく微笑んだ。私の目から涙が零れて頬を伝う。
「え!?夏音どうしたの!?柚、何かしちゃったかな!?」
「違うの、嬉しくて…柚姫、ありがとう」
おろおろと慌てる柚姫にそう言うと、私の涙が伝染したのか、柚姫まで泣き出してしまう。
「おいおい、二人共泣くなよ〜!」
「うぅっ…優磨は黙ってて!」
「な、なんだよぉ」
柚姫にぴしゃりと言われて、優磨君はがっくりとうなだれる。その姿がまるで、餌をおあずけされた犬みたいで、なんだか可笑しくて、涙を浮かべながら柚姫と顔を見合わせて笑ってしまった。
柚姫が友達で良かったと、心の底から思った。
私はもう一人じゃない。
ぬるま湯から抜け出して、ちゃんと現実を見て歩かなくちゃいけない。
ガラガラ、と音を立てて保健室の扉が開かれて。そこに立つ葉月君と目が合った。
「柚姫、もうしばらく私の側にいてね」
「…え?」
すぐ近くにいる柚姫にだけ聞こえるような声でそう言うと、柚姫はその言葉の意味が分からず、訝しげに問い返してきたけれど。決心が揺らがないように、ぎゅっ、と手に力を込めて。こちらに向かって歩いてくる葉月君を見据えた。
「葉月っ!大丈夫だったか?」
「うん。夏音は……?」
心配そうに声を掛ける優磨君に頷いて。葉月君は不安げに私を見詰める。
「少し肩が痛むけど、ただの打ち身だから平気」
「そう…良かった」
葉月君は小さく溜め息をついて、ほんの少し表情を和らげた。