やっぱすっきゃねん!VE-1
稲森の強い勧めに乗せられ、佳代がブルペンに入るようになって5日目の夕方。
その日、早く仕事を終えた一哉は、明日の練習試合に向けたミーティングを行おうと学校を訪れた。
「もうすぐ梅雨入りだな…」
クルマから降りた一哉は天を仰いだ。黄昏時の暖色は厚い雲によって消されていた。
駐車場からグランドへと足を進める。あちこちから聞こえる威勢のよい掛け声が耳に心地よい。
「なんだ…?」
ふと、ブルペンに視線を向けた一哉の目に不思議な光景が映った。
「なんで佳代がブルペンで投げてんだ?」
釈然としない思いを胸にしまいこみ、バッティング・ケージ裏で指導する永井に近づいていく。
「こんにちは、永井さん」
一哉の声に、それまで険しい顔だった永井が表情を緩める。
「これは!藤野さん、珍しいですね」
「今日は仕事が早く終わって…それにしても、良い仕上がりみたいですね」
2人の目がグランドに向けられる。打つ者、守る者、どちらもがキレのある俊敏な動きを見せていた。
「先月からランニングの量を戻して、見違えるようにキレが良くなりました。このままの調子で、ひと月余り頑張ってくれれば…」
「まだまだ。大会前には、新しいトレーニングの効果でもっと良くなりますよ。なんといっても、全国大会決勝まで調子をキープする必要がありますからね」
安定を望もうとする永井に、一哉は発奮を促す言葉を送った。
永井は笑顔で言葉に頷く。
「そうですね。ここで満足しては部員達の努力をムダにしてしまう」
「その意気ですよ。指揮官は最後まで高みを挑むものです」
そこで話題を変えると、一哉は先ほど見た疑問をぶつけた。
「ところで、さっきブルペンを覗いたのですが、何故、佳代が投げてるんです?」
「アレですか。実は稲森の希望でして」
「正吾の?」
永井は大きく頷く。
「ええ。なんでも佳代とキャッチボールをしていて、肩の柔らかさがピッチャー向きだと言って。
だから、2週間を期限に、1日1時間だけ稲森に任せてたんです」
「そうですか」
「それで、ここ数日、ピッチングを時々見てたんですが、稲森の言うように使えそうなんですよ。
ウチは左が彼だけですから、ひょっとしたらと思いまして」
佳代が野球に関して高いポテンシャルを持っているのは、彼自身、分かっているが、さすがにピッチャーの素質があるとは考えもつかなかった。
そう思うと足が自然とブルペンに向いた。
「最初から力み過ぎだって。ヒジを伸ばす瞬間に指先にだけ力を入れるんだ」
「ん、分かった」
ブルペンには佳代以外、誰も投げていなかった。明日、登板予定の直也に淳、中里はバッティング練習を行っている。
稲森自らキャッチャーを務め、投げ方のアドバイスを行っていた。