やっぱすっきゃねん！Ⅲ⑥-14
（えげつない球だな）
じっくりと変化を見て、乾はすべての球をカットして球数を増やす作戦に変更した。
（握力が落ちてくれば、あの変化も緩くなる。その時に…）
足の位置をそのままにスタンスを少し広げ、バットをひと握り余らせた。
「ヨシ、来い！」
声を発して気合いを入れ直す。
ピッチャーの投げたボールはシンカー。小さなステップは身体が前に流れない。
ボールを凝視し、沈み掛けたところを速いスイングで叩いた。打球が１塁ベンチへと転がった。
「アイツ…当てやがった」
ネクスト・サークルの直也は目を大きく見開く。ただ、必死に喰い付く姿勢に胸が熱くなる。
キャッチャーは何かを悟ったのか、３球目を身体の近くを突いた。が、乾は避けるどころか身体を内に入れて当たろうとした。
それを見て、ピッチャーは怖さを感じた。“勝つためには何でもやってくる”と肌で感じ、内角を突けなくなった。
４球目、５球目は外角低めの真っ直ぐ。乾はバットに当ててファウルで逃げる。６球目の外角のスライダーは見送り、２ストライク２ボール。
その後も、シンカーや真っ直ぐ、スライダーを混じえて様々なコースに投げるが、ことごとくカットして粘り続けた。
ピッチャーの精神的疲労はピークを迎えつつあった。
そうして１２球目のシンカー。乾には、変化が甘く見えた。
コンパクトなスイングから、沈んでいくボールを叩いた。が、タイミングが若干早く、サードゴロになってしまった。
（ヨシッ！オレも）
直也は打席に入ると、乾を真似てスタンスを１０センチほど広げてバットを指２本分短く握った。
（ようやく攻略する気になったかな？）
センター後方で見つめる一哉は、この回が勝負どころと感じた。
直也に対して、８球を投げた多島中のピッチャー。精神的に追い込まれ、キャッチャーのサインに首を振るまでになった。
乾の“当たりにいく”イメージが色濃く残り、内角高めのサインにも首を振る。
ここでタイムを取った多島中は、ベンチから伝令がマウンドに向かった。
集まった内野陣の中で、伝令は笑顔を混じえて監督の思いを伝えている。そんな中、ピッチャーだけが何度も頷いていた。
その間、直也は多島中のブルペンに目をやった。２番手ピッチャーが、かなり力を入れて投げ込んでいた。
（どうやら、この回までみたいだな）
伝令がマウンドを降り、プレイが再開された。
直也は数回、素振りを繰り返して打席に入った。ピッチャーはサインを確認すると、セットポジションから投げた。
ボールは内角の真ん中からシュート回転で身体に向かって来た。直也は、上体をねじって背中を向けた。
（グッ！）
脇腹に激痛が走る。