やっぱすっきゃねん!VE-13
(なっ!)
達也は慌てた。ボールが沈まない。次の瞬間、バットが視界を遮り、ボールは消えていた。
(ヤバい!)
打球がライトの上空を舞った。佳代は身体の向きを変え、地面を蹴った。全速で後ろへダッシュする。
だが、打球は外野の金網フェンスを直撃した。
回転の掛らないボールほど打球は遠くに飛んでいく。まさかの同点ホームラン。
(あそこで迷っちまった…)
沸き上がる多島中ベンチを他所に、直也は唇を噛む。気の迷いがボールに表れてしまった。
主審からボールを受け取り達也に目をやった。達也は、頷いてコメカミに指を当てる。
(分かってるよ、冷静だよ)
その後を三振で仕留め、直也の登板は終わった。ベンチに腰掛けると、達也がとなりに座ってプロテクターを外す。
「“上手の手から水が漏れた”な」
「何だ?そりゃ」
「最後でしくじったって意味さ」
「まったくだ。練習でも抜けたこと無いのに…まあ、これが本番じゃなくて良かった」
「そうだな」
2人の間に温かい空気が流れる。レガースを外してベンチに揃える達也と、ヘルメットを被り打順に備える直也の顔には笑みが溢れていた。
そんな2人を尻目に、佳代は下加茂と共にブルペンにいた。
この攻撃が終われば、いよいよ自分の出番と思うとジッとしていられない。焦る気持ちのまま、速いペースで投げ込んでいく。
(少しでも時間を稼いでよ…せめて肩が暖まるまで)
自分本位なことを考えながらキャッチボールを繰り返す。
「澤田さん。あまり急に投げると肩痛めますよ。もっとテンポを落として」
「わ、分かってるよ…」
下加茂に気持ちを悟られ、佳代は頬を染めてキャッチボールのテンポを少し緩める。
(やれやれ、あんなに眉をつり上げて…まあ、初めてだからなあ)
佳代の緊張感あふれる顔が、下加茂には微笑ましく思えた。
打順は2番乾から。最初の打席で凡打に終わり、今度こそと燃えている。
(あの変化球は捨てて、真っ直ぐに絞って…)
打席に入ると、内角に食い込むシュート回転の真っ直ぐに備えて、足の位置をわずかに外に取った。
キャッチャーが外角のシンカーのサインを送る。
ピッチャーはサインに頷くと、早い動作から右腕を振り、順回転のボールを投げた。
乾は真っ直ぐのタイミングでステップする。
(あの球か!)
流れそうになる身体を踏ん張り、ボールの軌道を見極める。急激なブレーキ。そこから右寄りに沈み込む。
外から回り込むように、外角低めに構えるキャッチャー・ミットに収まった。