僕らの関係 プロローグ きっかけ-1
夏に太陽の陽射しを遮っていた木々の葉もやがては朱色に染まる。
頬を撫でる風に冷たさを感じると、あれほど鬱陶しかった残暑すら懐かしい。
放課後の教室にも秋風が吹き込み、束ねられたカーテンをそっと揺らした。
桐嶋幸太は一人窓の外が移り変わる様子を眺めていた。
丸顔に赤い唇、柔らかそうなホッペタと控えめな鼻。眉にかかるくらいの長さで切りそろえられた髪型からは栗を連想してしまう。背も低く、たまに小学生高学年と見間違われるほどだが、これでもれっきとした高校生だ。
第二次成長を迎えつつあるにもかかわらず、彼の背は一向に伸びず、髭も生える気配が無い。それどころか喉仏もあるのか判らず、声域もボーイソプラノに留まっている。
――木は偉いよね。夏はしっかり青々と生い茂って、秋になるとちゃんと赤くなるもん。やっぱり生きてるんだよね、成長してるんだよね……。
ため息をついてしまうのはまったく成長の兆しの見えない自身の体躯について。
いや、実はもう一つ困ったこともあるのだが……、
「どうしたーコータ、もの思いに耽っちゃって……、あーわかったー。女の子のこと考えてたでしょー。ヤラシーんだ!」
黄昏時に憂える彼を現実に引き戻すアルトボイス。幸太が振り向くと、満面の笑顔とツインテールが特徴的な同級生、倉沢里奈がいた。
「そんなんじゃないよ」
「コータのえっちー!」
幸太が慌てて否定するも、里奈は聞く耳を持たず、面白そうに囃し立てる。
「なんだ? コウがどうしたんだって?」
今度はハスキーボイスと一緒に、ジャージ姿の背の高い女子がやってくる。
「あ、ケイチン、実はですね、コータ君は恋わずらいなのです! にっひひー」
「え、そうなのか? へー……、コウもそんな年頃か……」
勝気なショートボブの彼女の名前は赤城恵、幸太のクラスメートだ。
「ちょっとりっちゃん、変なこと言わないでよ。恵も落ち着いて」
「いやいや、いいんだぞ、コウ。姉さんは応援する、コウの恋を」
姉さんといっても同い年。ただ、バスケ部所属の期待の新人とされる彼女は彼より頭一個分高く、並んで歩いているとたまに姉弟と見られることがある。
「で、誰なのー、コータ。知りたいなー、聞きたいなー、教えろよー、ケチー」
里奈は面白そうに彼の頭を撫でまわす。その様子はまるで室内犬を可愛がる飼い主にそっくりだ。
「だから、そういうんじゃなくて……。てか、僕はまだそういうの早いよ」
「なに言ってるんだ、しっかりしろー!」
モジモジしながら俯く幸太の背中を恵がバンと叩く。