エンジェル・ダストC-1
「ずいぶん遠い処に来ちまったな…」
砂地と松林が続く海岸線のそば。わずかに見える冬の海は黒く、砕ける波の白と絶妙なコントラストを表している。
恭一が降りた無人駅。
木とコンクリートから成る建物はあちこちが朽ち果て、石で造られたホームは長年の使用でゴツゴツとした窪みができ、昔から住人の足として重宝されていた事を連想させる。
新幹線と列車を乗り継ぎ、最後に乗った路線が1両だけのディーゼル車両を、1日6往復しか運行していないという過疎線。
恭一は誰も居ないホームでため息を吐いた。
宮内が帰った後、恭一は窓際に立ってブラインド越しの風景に視線を移した。
佐倉が大河内の事件から外れた状況を頭に思い描く。
(佐倉氏が異動した署は同じ県警内。だが、どうせ県警レベルの話じゃあるまい)
ポケットからキャメルを取り出し火を点けた。よどむ紫煙の中で推測する。
(県警…警察は大河内を自殺で処理する必要があった。
防衛省では公表出来ない何かを研究している。それを大河内は知ってしまった。だから殺害された。
警察庁は防衛省からの要請で事の重大性を知り、事件を闇に葬ろうとした。が、それを佐倉氏にほじくり返されそうになった。そこで彼を辞職に追いやった。
そう考えるのがスムーズだな)
これが現実ならば実に悲しいことだ。佐倉は、刑事として当たり前のことをして警察に殺されたのだ。
待合室にある年季の入ったベンチに腰掛け、コートの内ポケットからメモ用紙と地図を取り出した。
メモには、佐倉と別れた妻と子供の現住所が記されていた。
(駅がここで、住所がこれだから…)
恭一は地図を指でなぞり、メモの住所を見つけ出すと、
「歩いて30分って位置か。結構遠いな」
ベンチを立ち、駅舎を後にした。冷たい潮風が強く吹きつける。コートの襟を立てて、駅前の通りから奥の道へと進んだ。
さびれた家並みが続く風景。かつては賑わいをみせたのだろう。だが、今では面影を残すだけで、ところどころに空家も見受けられる。
メモの住所に近づいた。恭一は、一軒々の表札を確認して目当ての家を探し回る。
「…福留…ここだな」
ようやくたどり着いた。佐倉の妻は、離婚して実家に身を寄せていた。
玄関にはチャイムらしきものは見当たらない。恭一はかなり立て付けの悪い扉を引いて開けた。
「こんにちは!〇〇から参りました、松嶋ですが!」
しばしの沈黙の後、奥から40代くらいの女性が現れた。佐倉の元妻、幸子だ。