エンジェル・ダストC-2
「お待ちしてました。どうぞ」
抑揚の無い口調は、心なしか沈んでいるように思える。恭一は座敷へと通された。
「先日の電話で申し上げた通り、ご主人、佐倉和樹氏の件で伺ったのですが…」
冒頭、ここに伺った理由をかいつまんで説明しようとすると、
「松嶋さん。私達を放っておいてもらえませんか?」
幸子は俯き加減に、内に秘めた心情を吐き出した。
「主人が…あの人が亡くなったのは宮内さんが知らせて来ました。もう、私達にとっては忘れたい事なんです…ですから、お願いです」
「私は、その宮内氏に依頼を受けてここに来たんです」
わずかな間を置いて幸子が顔を上げた。
「探偵をやる3年前まで、私もご主人と同業者でした。
時折、現場でお会いしましたが素晴らしい刑事でした。難事件を何度も解決し、幾つもの長官賞を受けておられた。
宮内氏によれば、刑事としても人としても尊敬出来る方だそうです」
恭一は語りながら幸子の表情を窺った。が、その生気の無い目には虚しさだけが映っている。
「そんなご主人は“ある事件”を追ったために〇〇署の生活安全課に異動させられたのです」
「エッ!?」
幸子の顔が変わった。明らかに狼狽えている。
「…主人は、異動していたのですか?」
「辞職するひと月前に。言えなかったのでしょう。
上層部は、県警のエースを昇進と称して畑違いの部署へ回した。サラブレッドを農耕馬として使うように。
そして、有りもしない不正をでっち上げてご主人をクビにした」
小刻みに震える幸子。ヒザに置いた手は硬い拳を作り、見開いた目は恭一を真っ直ぐ見つめてる。
「何故、主人はそんな目に遇ったんですか?」
「ご主人は“ある事件”の真相を突き止めようとしたんです」
「何なんです!事件って」
身を乗り出す幸子。
だが、恭一はそれを優しく制すると、
「ここから先は、あなた方は知らない方が良い。
だが、断言します。ご主人は潔白です。あらぬ疑いから汚名を着せられた。
宮内氏は、ご主人の名誉を回復してくれと依頼されました。そのためには、ご家族の同意が必要なのです」
「そんな事のために…こんな処まで?」
戸惑いの表情で訊く幸子に恭一は強く頷いた。
「当然です。名誉が回復された時、誰が彼の墓前に報告するんです?」
その言葉に、幸子は流れ出る涙を隠すように両手で顔を覆った。
「奥さん、今日は帰ります。
もし、ご主人の遺留品の中で日記や資料など、何か繋がるモノがございましたら、ここに送って頂けますか?」
恭一は、席を立ち上がると名刺を卓台の上に置いた。
「すべて解決したら、必ず報告をしに伺いますから」
玄関先。恭一は笑顔でそう答えると踵を返して幸子の前を遠ざかる。
幸子は、その後ろ姿が見えなくなるまで頭を下げていた。