風〜指輪と彼女〜-1
風が僕を包み、また通り抜けていく。そして、僕は左手の薬指の指輪を右指でなぞる。
指輪をなぞると彼女のことを思い出すようにしている。というより、彼女と約束したのだ。彼女が死ぬ一ヵ月前のことだった……。
あの時、僕は彼女に、『人間とは忘れることを美徳とする』と言った覚えがある。だが、彼女は真っ向から否定し、言った。
『だったら、あなたも私のこと忘れてしまうの?』
「キミの事は忘れないよ」
『でも、あなたも人間だから、忘れてしまうんでしょ?』
「だったら、指輪を見るたびにキミの事を思い出すよ。そうすれば忘れないから……」
『風〜指輪と彼女〜』
小さく風か吹いた。それは誰かが吐いた息吹だったか。扇風機の風がここまで来たのかもしれない。自然が呼び起こした風だったのか。だが、どんな風でも良い。その風の向こうに彼女の声が聞こえたのだから……。
『ありがとう、私を忘れないで居てくれて……』
そんな声だった。空耳なのかもしれない。今は亡き彼女の声が聞こえたのだから……。でも、僕は確信していた。彼女だ、と……。
彼女の声――小さな風がまた吹くときに、僕は誰にも言うことなく、小さく呟いた。
「これからも忘れないよ」
END
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