恋の奴隷【番外編】―心の音L-1
Scene13―ぬるま湯と現実
最近の私の日常と言えば、私のことを姐さんと呼ぶ男の子達に格闘技を教えてあげたり、柚姫も含め、甘い物好きの女の子達と街へ出掛けてスイーツ巡りをしたり。それはそれで楽しいのだけれど、人付き合いの得意ではない私は、息が詰まってしまうこともあるわけで。
疲れたなぁ、なんて思う時はいつも、ノロが隣にいる。お昼休みには恒例となった牛乳バトルをして。たまに言い争いもするけれど、すぐにまた馬鹿みたいにふざけ合って笑ったり。大丈夫か、なんて言葉はないけれど。それがノロの優しさだから。ただ黙って、大きな手で私の頭をぽんぽんと撫でてくれる。悪いな、とは思いつつもつい甘えてしまう。
…それと、もう一つ。
学校の屋上が私のお気に入り。昼下がりには、気持ちの良い風が、そよそよとグランドを抜けて流れてくるから。
ううん、そこに行けば会える人がいるから、私は度々、そこへ足を運んでしまうのかもしれない。待ち合わせなんてしていないのに不思議。必ず、とは言わずとも、十中八九、葉月君がいるのだ。
気まぐれで自分勝手で、まるで猫みたいな人。相変わらず無愛想だけれど、前より私に笑顔を向けてくれるようになった。出会ったばかりの頃は、すっごい嫌な奴、なんて思っていたのに。まだまだ分からないことばかりの葉月君だけれど、もっと知りたい。もっと笑って欲しい。そう思うようになったのは、いつからだろう―。
少しずつだけれど変わりつつある。私を取り巻く環境も、私自身も。
そんなある日のこと。
「ナッチー、明日暇?母さんが出掛けようって」
次の授業の用意をしていると、ノロが後ろから話し掛けてきて、私は手を止めた。
「朱李さんが?」
「おう、昨日いきなり出掛けるって言い出してさ。ナッチーに伝えろって言われた」
「うーん、特に予定はないけど」
「ハァ〜なら良かった!予定あろうがなかろうが、絶対連れて来いって言われててさ。ナッチーが来れなかったら俺が怒られるところだ」
ノロは安堵の溜め息を吐いて、困ったように笑った。
朱李さんは一度そうと決めたら、周りが何を言おうと聞かないらしい。こういう朱李さんの自由奔放なところが、ノロや葉月君にも似てしまったようだ。
「ノロも一緒?」
「いや〜俺はパス!出掛けるつったってどうせ買い物だろ?荷物持ちはごめんだからな」
ノロは手をひらひらと左右に振って、あからさまに嫌そうな顔した。確かに朱李さん、人使い荒そうだもんね。
「時間とか詳しいことはまたメールするわ」
私が頷くと、ノロは自分の席へと戻って行った。
その姿を見送ると、私は視線を窓の方へ移した。昨晩から降り続いていた雨も、午後にはすっかり上がって、空は青く澄み渡っていた。雨上がり独特の湿り気を帯びた匂い。私はこの匂いが嫌いではない。風が気持ち良さそうだな、なんて考えていたら無性に屋上へ行きたくなってしまったわけで。
放課後になって、私は屋上へと続く薄暗い階段を、駆け足で息を切らして上った。重い頑丈な扉を開くと、陽の光が一気に差し込んできて眩しさのあまり、額に手をかざした。チカチカする目を瞬かせると、いつもと同じ場所に寝転んでいる葉月を見付けて、自然と笑みが零れる。
ガチャンと大きな音を立てて扉が閉まると、葉月君は視線をこちらに向けた。扉の前に立っている私に気が付くと、伸びをしながらゆっくりと上半身を持ち上げ、地面を軽くぽんぽんと叩く。隣に座りなよ、の合図らしい。私は、ふふっ、と小さく笑って、合図のところに腰を下ろした。