恋の奴隷【番外編】―心の音L-2
「あのね、朱李さんと明日出掛けるんだ」
「ふーん」
「ノロは荷物持ちは嫌だから行かないって」
「そう」
素っ気ない返事はいつものこと。別に気にしない。
空に浮かぶ鰯雲が秋を物語る。のんびりと流れる雲を見ていると、まるで時間までゆっくり動いているようで。黙ったまま、ぼんやり空を見上げていた。
「僕も、行く」
「え?」
不意に、葉月君が口を開いて、独り言のようにぼそりと言った。
「僕も一緒に行きたい」
「明日?」
葉月君の顔を覗き込むように問い返すと、こくりと頷いた。
「あら、やけに素直じゃない。どうゆう風の吹き回し?」
おどけたようにそう言うと、葉月君は拗ねたように眉を寄せて顔をしかめた。
「なんてね、じょう…」
「夏音に会いたい」
冗談よ、と続けるはずの私の言葉を遮って、葉月君は幾分強い口調でそう言った。
「え……」
「夏音に会いたいから。だから、僕も行くんだよ」
なんだか恥ずかしくて、まともに葉月君の顔が見れない。返す言葉が見つからなくて、視線を宙に這わせていたけれど。赤く染まり上がってしまっているだろう頬に気付かれないよう、私は黙って俯いた。
本当はね、嬉しかった。「僕も行く」、そう言ってくれたこと。ただそれだけなのに、心が浮足立つ自分に少し戸惑ってしまう。からかったのは照れ隠しのため。素直じゃない私だから、つい思ってもいないことばかり口に出してしまう。本当に可愛くない女だって、心底自分が嫌になる。
「彼女に会いたいって思うのは、当たり前でしょ」
伏し目がちに葉月君を見ると、葉月君は意地の悪い笑みを浮かべてそんなことを言い出したわけで。
「か、彼女じゃないっつーの!」
「手強いな」
そんな言い合いをして、私達は顔を見合わせて笑った。
この時の私は、葉月君と過ごす時間が楽しくて、何の為に彼が私に近付いたのか、すっかり忘れてしまっていた。
ぬるま湯のような環境にどっぷりと浸かって、甘えてばかりで。知らない振りをしていただけかも知れない。
あくる日、私は最近買ったばかりの秋物の黒いフリルワンピースを身にまとって、上機嫌で指定された待ち合わせ場所に向かった。普段はあまり付けないグロスを塗ってみたり。お店のショーケースに映る自分の姿を、何度も横目で見ては、前髪を直してみたりして。朝からずっとそわそわして、落ち着かなかったからだろうか。約束の時間より少し早めに着いてしまったわけで。気持ちが浮ついているのが自分でもよく分かる。
近くのカフェでお持ち帰りにしたロイヤルミルクティーを片手に、それとなく周囲を見渡していると、見知った顔が目に入ってきて。ドクンッ、と鼓動が大きく脈を打つ。目が合っても、いつもながら彼は顔色一つ変えないのだけれど。私ときたら、近付いてくるだけでドキドキと胸を高鳴らせてしまっているわけで。私は顔を強張らせたまま、すーっ、と静かに深呼吸をした。