王子様と私3-5
「失礼します」
夜になっても雨は上がらず、どちらかというと余計にひどくなっているようだった。どうせ降るなら土砂降りがいいと、私がすさんだ気持ちでいたからだろうか。
王子はいつもよりも少ない書類を手に、まさに仕事をしようとしていたところだった。
「どうした」
「……訊きたいことがあります」
王子は私を見る。
その視線に負けそうになるが、私は意地になっていた。
「必要だといってくれて嬉しかった。それは本当です。……ですが、私が今の王子の力になれるのでしょうか。情は無用です、どうか第五領の侍女を……」
胸の辺りに言葉が詰まって、最後まで言うことはできなかった。
王子はかすかに怒りを滲ませてはいたが、冷静な声音で私に向き合う。
「悪いが今も変わらない、エルが必要だ。周りから何かとうるさく言われるだろうが、それは俺のせいだ」
「王子が私を選んだから、ですか」
「そうだ。どうしてもお前じゃなければいけない」
ついに聞くまいと思っていたことが出てしまった。
私は自分の愚かしさにうろたえていた。これだから好きだとか恋に落ちるだとか、そういう甘い気持ちは嫌なのだ。甘さに味覚はしびれ、普段ならば考えもしないような言葉を口にしてしまったりするのだ。
私は助けになりたいという大名義分の元に、ただ押し付けがましい自己満足を彼に言っているだけなのだ。
けれども黙っていられるはずがない。私のせいで王子は玉座に座る権利を失うかもしれないというのに。
……だめだ、またおこがましくも、私のせいで、だとか考えてしまった。違う、たぶんきっと、違う。冷静になればわかる。
彼にとって必要なのは私の肩書きなのか、それとも私自身なのか、わからないけれど必要なことには変わりないのだ。
そこまで考え至って悲しくなった。
「……私に王子を恨めというの」
「対象が必要ならば俺にしろと言った。できれば俺も恨まれたくはない」
「私だって、王子を恨みたくはありません」
「ならば我慢しろ」
「……わかりました」
「えらく不満そうだな」
「そんなことはありません」
机の上に書類を置いて、王子は私を抱きしめた。
「我侭ばかりですまない」
「……自覚がおありでしたら、これ以上申し上げることはありません」
意地悪く言って微笑した。
そして少ない書類を指して、手伝いますから今日は早く寝ましょう、と提案する。
結局、肝心なことはなにひとつわからずじまいだ。はぐらかされて、ごまかされて、それなのに好きだとかそういうことになるから、面倒な私になるのだ。
雨はまだ、夜を洗い流していた。