王子様と私3-4
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はじまりの朝は雨だった。
王子と姉姫様はお互いの方針を大臣たちに発表し、城内は騒然としていた。いつも通りに仕事をこなしていなければ、私は苛立ち混じりの落ち着きのなさをどうすることもできなかっただろう。
王子は馬鹿だ。
この国の中でわりと差別を受けるのは、私の地元である第十ニ領だ。差別とはいっても、そうたいしたものではなく、田舎者だということをからかわれるくらいなのだけれど。
十二領のおのぼりさんがたまに他の領へ行くと、やさしい人は道やちょっとした常識的なあれこれを親切に教えてくれたりする。そういう位置づけだ。
しかし、本当の意味での差別というものも、この国には存在する。
最下層と呼ばれる、住む場所や職業に選択肢を与えられていない人々である。彼らは第十領の端に集落を持ち、商人たちの使用人として生活している。学校に通うこともなく、識字率はゼロに近い。
誰もが見てみぬふりをしていた。やさしい人だって、たぶん無視してしまう。私も様々に綺麗事を並べてみても、結局は目を背けてしまうに違いない。彼らのプライドを守りながら、彼らを上手に引き立てることができないと、言い訳をしながら。
この制度を撤廃すること、それが王子の方針だった。
商人である大臣たちが許すはずはない。少ない賃金で働いてくれる貴重な存在なのである、手放したくないに決まっている。
それに対して姉姫様はこれまで通り平和を貫くことだった。さらに、わざわざ自らが火種になることはないだろうと、王子を諭してみせたそうだ。
これが王子の成し遂げたいことだというのか。わからないでもないが、あまりに強引ではないか。
「わかった、十二領の田舎娘?」
「……」
その一部始終を第五領の侍女から聞かされて、私は何も言えなかった。
彼女の言いたいことはわかる。私が王子の相手とするよりも、金銭面にも権力面でも断然上である彼女の方が、これから窮地へ追い込まれる王子を助けとなることができる。
第五領は医学が盛んだ。大臣たちも病には勝てない。
「退きなさい。王子を助けることができるのは、あなたではないでしょう?」
私は何度も王子の言葉を思い出していた。
必要だと、それを忘れているわけではない。
けれど、状況は変わる。あの言葉を言った時点では、私だったかもしれないが、今は違う。私よりも確実に、彼女だ。こればかりは誰の目にも明らかだ。
押し黙る私に、よく考えなさい、と残して彼女は背中を向ける。私はどうすればいいのか、どうすることが一番王子にとってベストなのかわからなかった。
彼女同様に、私も王子を想っている。本音は、彼が良ければ良いとさえ思っている。
以前、他の美しい侍女たちではなく、私が選ばれたときは、実際は少しだけ誇らしかったし、見返すことができたようで嬉しかった。
だが今回は違う。
私ではだめだということが私自身にもわかっている。王子から逃げるつもりはないけれど、状況は受け入れなければならないと思った。本当に私は必要なのだろうか。
みすみす最下層を手放してなるものかと、王子側だった大臣もごくごく少数を残して姉姫様寄りになってしまった。
最下層の撤廃が成し遂げたいことだとしたら、このままでは無理だ。
この棘のある猜疑心を抱えてなんていられなかった。こんなの、王子が必要だと言ってくれた言葉を反故にするようなものだと、理性が引き止める。
私は定まらぬ心のまま、いつもよりも幾分か早い時間ではあるけれど、王子の部屋へ向かっていた。