丸をつける-1
何がきっかけかなんてもう思い出せない。
はじめのころの邪気のない顔で……いや、もう微笑まれるたび、振り払いきれない自分を自覚していた。
いつもはもっと上手くかわせていた、……上手くやれていたんだ。
柴咲をみる度、自身で選んだはずの道を呪いたくなった。
お前が生徒じゃなきゃ……
俺が教師じゃなきゃ……
どこかでありえないifを思う自分を見つけては揉み消すように見ないフリをしていた
だから気づかないフリをした。
――あのころの俺はズルイ大人であろうと心がけるしかなかったのだ。
「白木先生」
「なんだ、柴咲。俺は忙しいんだが…」
「いいじゃないですかぁ…ちょっとだけ教えてくださいよぅ……あの、応用が…わかん、なく、て」
「しょうがないな…ホラこれは」
『白木先生』と呼ばれるたびに、むず痒いような心地になった。
先生なんて呼ばれる器なんかじゃない。
先生なんて呼ぶな。
線引きしてるのは……線を見せつけてるのはお前だ。
あおい、と俺はお前を呼べる。
呼ぼうとさえすれば気軽に呼べる。
なのに呼ばなかった。
呼べなかった。
いつだって聖域のようにその線だけは越えられなかった。
胸のうちでは狂おしいほど『あおい』と呼びながら……
自分に言い聞かせるように柴咲は俺に『好きだ』と繰り返した。
繰り返し続けた。
時には俺の字に、ネクタイの色に、聞くCDに、車の車種、身につけるものの形や色にすら……些細なものにかこつけて好きだと繰り返した。
煩わしいと思いながら、なんだかんだと受け流す言い訳をつくる柴咲に内心感謝しながら……怖かった。
だんだんと無邪気に笑っていたアイツの目に嫌悪が浮かんでとごってゆくのが……怖くてたまらなかった
俺自身にじゃない
自分自身にだ
アイツは、――あおいは自分自身に嫌悪しだしてる
それが……わかった
教師の俺が好きだと言いながら変に真面目なあおいはきっと悩んでいるんだろう
俺の迷惑になる
俺の面倒になる
……少なからずなっている
好きですと告げられるたびに、薄っぺらでも甘い言葉と比例して、濁ってゆくあおいの目が……見ていられなかった
終わりにしよう
終わりにさせよう