『久遠の絆~現代〜平安編~』-4
〜賀茂家と陰陽師〜
不思議な出会いの後、俺は陰陽道の宗家である賀茂(かもの)家の屋敷に戻り、こっそりと自分の部屋へ戻ろうとする。
安倍鷹久(あべのたかひさ)、それが俺の名。
俺がこの賀茂家に引き取られて、十年経つ。
大勢の弟子達が習坊で修行を積んでいる中、俺は法力の才能がないのを自覚して、山で剣の稽古をしていたのだ。
結局、俺は罰として習坊の掃除を命じられ、さらに高名な陰陽師である兄・安倍晴明(あべのせいめい)の説教を食らう。
真面目に修行しようとしない俺の姿を嘆く兄。
しかし、俺は強くなることを諦めている訳ではない。
十年前にさらわれた母を取り戻すため、強くならなければ……。
〜式神の襲撃、淡い想いの芽生え〜
翌日、俺は習坊を抜け出し、剣の稽古を積むため森へと向かう。
無心に太刀を振るっていると、昨日の女が背後から声をかけてきた。
『何となく、また会えるような予感がしてたわ』
俺も同じ想いだった。
彼女は俺の心を見透かしたように、悩みを聞いてくれた。
不思議な少女だと思った時、突如耳鳴りが二人を襲い、辺りを包む空気が震える。
式だ。
誰かが式を飛ばして来ている。
咄嗟に結界を張って身を守るが、式は結界の外にいた鹿を狙う。
俺は鹿を助けようとする彼女を制止し、式へと向かった。
俺はもう母をさらわれた時のような、無力な子供ではない。
陰陽師としては未熟だが、今、彼女を守れるのは俺しかいない。
俺は兄との修行の記憶を頼りに印を結び、式へと放つ。
同時に式の体当たりを食らう、が、なんとか印は式に命中した。
しかし、手応えを感じながらも、俺の意識は急速に失われていった……。
目が覚めると、そこは見知らぬ屋敷の部屋。
螢(ほたる)と名乗る身なりの良い美女が俺を介抱してくれたらしい。
そして彼女こそ森にいた女だった。
螢の笑顔を見ながら、俺は胸が熱くなるのを感じていた。
〜運命の男性〜
数日後、俺は自分で描き上げた護符を手に、螢の屋敷を訪れた。
屋敷の前では貴族の牛車が行列を作り、とても彼女には会えそうもない。
俺は『もしや』と思い、森へと急ぐ。
螢は、泉の側にいた。
『よかった逢えて。今日はもう、来ないかと思いました』
可愛いらしい仕草で、俺の手を引いて岩棚へと誘う螢。
『今度からここは二人の秘密の場所ね』と
彼女は嬉しそうに話す。
とても出会った頃の螢と同一人物とは思えない。一体彼女には、幾つ俺をドキリとさせる表情が隠されているのだろうか。
『私ねぇ、運命の男性がいるのよ』
不意にそう呟く螢。
運命の男性……、ひょっとして自分のことではと淡い期待がよぎる。
螢は本心を明かさずに笑って誤魔化そうとしたが、そのきらきらと輝く瞳は唇以上に雄弁だ。
俺はあくまで本心を口にしない彼女の紅海の蕾のような唇を、自分の唇で優しくふさぐ。
『俺達は、きっとこうなる運命だったんだ』