卒業-2
「よし、卒業までに新作を作るぞっ!!」
光の言葉に顔を見合わせる洋孝と百瀬。
「無茶言うなよ。卒業までいくらもないんだぜ。シナリオとかどうすんだよ」
「天啓だ!シナリオなんて、俺が一晩で何とかする。タイトルももう決まっている。ズバリ、番外地少年の事件帳・怪盗赤マントの挑戦!」
そう言うと波瀾光は鞄を掴み、教室を飛び出した。
「やれやれ、またベタなネタだな」
「赤マントって、何か聞いたことある」
「よくあるフォークロアさ。赤いちゃんちゃんこ、赤いマント売り。要は背中を切り裂いた血がちゃんちゃんこやマントに見えるってやつさ」
「うげっ。気持ち悪……」
「それにしても、やれやれだな。まあ、光の無茶に付き合うのもこれで最後だから、もう一頑張りするか」
しかし、露骨に嫌な顔をする百瀬。
「これで最後?私、全然そんな気しないんだけど……」
翌日、光は宣言通りシナリオを仕上げていた。
教室に呼び出され、疲弊した光を見て洋孝も百瀬も呆気にとられたが、それよりも二人が驚いたのはシナリオのラストだった。
赤マントの正体が実は番外地少年の同級生で、卒業式の最中、壇上でそれを看破し、追い詰めると言うのだ。
「ちょっと、こんなモブシーン、どうするのよ!?」
「先輩や演劇部の友達に頼んでも、こりゃあ無理だ」
シナリオを叩いて力説する洋孝だったが、それを見て光は不敵に笑った。
「何、言ってやがる。本物の卒業式が近くあるじゃん」
「お前、卒業式を乗っ取るつもりか?」
絶句する洋孝。
百瀬も最初は唖然としていたが、やがて楽しそうに笑い始める。
「良いじゃない、それ。面白そう」
「やれやれだな」
「話は決まったな。取り敢えず明日から台本の読み合わせするから目を通しとけ。俺は寝る」
おぼつかない足取りで教室を立ち去る波瀾光。
三年間の映研生活は仕事をよどみないものにしていた。
洋孝はシナリオに目を通しながら、機材や小道具の用意をこなし、百瀬は翌日には台詞を完璧に覚えていた。
幸いにして現代劇であった為それほど用意に手間取らず、かくして芳流閣学園映画研究部最後の作品がクランクインした。
機材を担ぎ、学校のあちらこちらを歩き回る映研三人組。
「放課後の実験室ってちょっと不気味だな」
実験室を覗き込む洋孝。
「アナトミー君(解剖人形)はいないのね」
「ラベンダーの香りもしねぇな」
続いて顔を覗かせる光と百瀬。
「それにしても、校舎の中をウロウロしてみて、意外に見たことない景色とかあるもんだな」
「そうね、特別な部活でもなきゃ行かない場所もあるしね」
物珍しそうに辺りを物色する洋孝と百瀬。
「お前等なぁ、遊びに来てんじゃないんだぜ。つか百瀬、アナトミー君引っ張り出すんじゃ無ぇ!洋孝、レフ板どうしたんだよ!?」
「あれ、教室に置いてきたかな?」
思わず辺りを探す洋孝だったが、やはりレフ板は見当たらない。
「仕方ない、俺が取ってくるわ。洋孝は血糊の用意しといてくれ」
返事を待たず部屋を飛び出す光。
「なんか妙に張り切ってるわね」
「まあ、あいつも一本でも多く映画を撮っておきたいんだよ」
「映画莫迦だもんね」
呆れ顔の百瀬。
死体のメイクをしながら洋孝が呟く。
「俺もあいつも、一秒でも多く残しておきたいものがあるしな」
しかし、その言葉は百瀬の耳には届かなかった。
その後、撮影は順調に進み、残すは卒業式シーンのみとなった。
光は顧問の教師を通して卒業式の記録映画を撮ると言ってカメラの持ち込み許可をもらっていた。
記録係は百瀬。
光が壇上に上がった時に本当の撮影が始まる。
番外地少年役の洋孝が外から飛び込んできて、赤マントが卒業証書を受け取る寸前にその悪事を暴露することになっている。
あまりカメラを扱う事のない百瀬に絵コンテを見せ、入念にカメラワークを指示しておき、卒業式当日に備えた。