王子様と私 2-4
「だが、おまえはもうすこし厚かましくなれ」
その言葉に堪え切れなくて私が思わず笑ってしまうと、彼は眉間に皺を深めたが、なにも言わなかった。
王子について行くと、側付きを連れた侍女はまだしも、王子の姉夫婦とすれ違ってしまい、まるで私がバケツを持たせているようにも見えているだろうことに舌打ちしたい気持ちにもなったが、彼は気にしていないようだった。
姉上、義兄上、十二領のエルです、と簡潔に紹介してまた歩き始め、私はお辞儀だけして彼の後についていく。姉姫様は、大変ね、と苦笑を滲ませた。
その返しにほっとしたのもつかの間、王子の目的地に予想がついて私の血の気が引いた。
「入るぞ」
「まさか……一緒に、ですか?」
「当たり前だ。いまさらなにを言ってる」
救いは湯殿には他に誰も居なかったことくらいだ。
彼はバケツを置くと、立ち竦む私の衣服を脱がし始めた。心の準備?そんなものを彼は待ってくれない。
彼は王子様なのだから。
私が身をかたくしていることに気がついて、彼は困ったように半端に役目を果たす衣服ごと私を抱きしめてくれた。
王子のやさしさはいつだってへたくそだと思った。
「……どうしたらいい?」
「……え…?」
「どうしたら、なんと言えばエルは納得する?俺を認めてくれる?」
びっくりした。
あんまりにもびっくりしてしまって、計算もなしに顔をあげてしまった。とても逃げられないような、かわすことなんてできないような瞳。
こんなの、ずるい。私は慎重に言葉をさがした。
「……仮にも王子様が、そんなことを言ってはだめです」
「それは答えじゃない」
あくまで真摯な彼に、胸が詰まる。
考えるよりも早く、脊椎反射の勢いで言葉はくちびるから零れ出ていた。
「私が必要ですか…?」
「……ああ、必要だ」
「どうして?」
「国の未来と俺のために」
私はうなずいた。微笑んだ。
「充分です」
王子はほっとしたように、私の背中に回した腕の力を抜いた。
「ありがとう」
もう私は本当に充分だった。
私は、私の中にわだかまっていた侍女たちへの罪悪感を捨て去った。自らの腕を彼に回した。抱きしめた。
もう、どうして私が、と言うのはやめよう。
どんな思惑があるのかわからないけれど、乗りかけた舟には乗ってしまえと誰かが言っていたじゃないか。