エンジェル・ダストB-1
大河内が遺体で発見されてから半年後のある日。
とある繁華街近くにある雑居ビル。わずかに差し込む朝の日差しに照らされたソレは、薄汚れた外観を幾分、美しく見せていた。
そこに1台のクルマが入って来た。運転手は男で、それ以外に人は乗っていない。
男は雑居ビルの地下にある駐車場へとクルマを滑り込ませ、中を1周しながら探していた。彼の目当てとしている“ルノー4”が停まっていた。
男は、自らのクルマを近くに有るコインパーキングに停めると、おもむろに雑居ビルの中へと入って行った。
3階の突き当たりの部屋。“アイ・オフィス”と書かれたプレートがドアに貼られていた。
男がドアをノックした。途端に“どうぞ!”という張りのある声が中から聞こえる。
ドアが開かれた。10坪足らずの部屋に、机が一つと応接セットが一つ有るだけの質素な風景が目に映る。
「どうぞ!どういったご相談でしょう?」
机から立ち上がり、にこやかな笑顔で男に近寄ったのは松嶋恭一だった。
「あの…松嶋にご相談が…」
「アレッ?…アンタたしか…」
恭一は、ソファに腰掛けた男の顔を見つめながら、
「…佐倉氏とコンビを組んでいた…」
「そうです…宮内です…」
播磨重工ビル設計データ強奪事件において、真っ先に恭一が怪しいと睨んだのが〇〇県警の捜査2課の佐倉で、その相棒が宮内だったのだ。
あの事件から1年が過ぎていた。
恭一は、久しぶり見る宮内に少なからず驚いていた。
あの時はまだ佐倉の相棒と呼ぶにはほど遠い働きしか出来ないが、時折見せる熱血さを初々しく思えた。
しかし、目の前に座る宮内は憔悴切った顔で俯いている。あの時の熱血さなど欠片も見受けられない。
「宮内さん。先ほど仰ったご相談とは…?」
恭一の問いかけに宮内はしばらく黙っていたが、
「…松嶋さん。あなたを雇うとして、いくら位掛かるんです?」
突拍子もない言葉を口にした。
「ご冗談を。県警が私を雇うですって?私なんかより立派な人材が揃っているでしょうに」
「いえ…県警でなく私、個人としてです…」
「宮内さん…?」
恭一は“何かワケ有りか”と宮内の顔を覗き込む。が、宮内はそれには答えずポツリと言った。
「…松嶋さん…佐倉さんが昨夜、亡くなったんです…」
「エッ?」
開かれた口から漏れた言葉に、恭一はすぐに反応出来なかった。
「本当なんです!昨夜、搬送先の病院で…」
宮内は泣きじゃくりながら、佐倉が亡くなった経緯を語りだした。
それは、大学教授である大河内が亡くなった翌日からの事だった。