エンジェル・ダストB-9
「佐倉さん。集めた情報を整理するんじゃ?」
「別に署でなくたって出来るさ。それに、あんな場所じゃ情報は筒抜けだ」
「じゃあ、何処で?」
その時、佐倉達の背後から声が掛かった。
「佐倉さん!」
振り返ると、女性がひとり立っていた。30代半ばくらいか。胸元まで伸びたストレートな髪に、メタリック・カラーのパンツスーツ姿は、凛とした雰囲気を持っている。
朝陽新聞社報道部、柴田ふみ。
今でこそ、刑事事件を担当する女性記者は当たり前のようになったが、15年前。佐倉がまだ刑事なりたての頃は彼女一人だけだった。
最初、柴田を紹介された時、佐倉は正直、迷惑に思った。
「取材は構わないが、オレ達のジャマはするなよ」
「どういう意味ですか!」
柴田は声を荒げた。佐倉は、あからさまに嫌な顔を見せた。
「女に何が出来るんだ。せいぜい、針小棒大な記事を書いて捜査のジャマをするのが関の山だろう」
先入観いっぱいの言い草。
しかし、それはすぐに払拭された。柴田の記事の素晴らしさに佐倉は気づかされたのだ。
取材こそ、佐倉達にとって厳しい質問を浴びせられた。確かに、男達に混じって対等にやろうとすれば、よりインパクトのある内容が必要になる。
が、柴田の優れたところはそれから先にあった。取材で得た情報に対し、キチンと裏付けが取れたモノだけを記事に載せたのだ。
最近は、男でも少なくなった一本筋の通った記者。そして、そんな姿勢を容認する新聞社の在り方にも佐倉は感銘を受けた。
柴田が担当記者になって半年後のある日、佐倉は彼女を食事に誘った。
「新聞社の担当と現職刑事が食事を共にする。良いんですか?佐倉さん」
目の前に現れた柴田は、いつもより艶やかさを増していた。
お互いが独身の男女。少しは意識したのだろう。
しかし、佐倉の方は気づいた様子も無く、テーブルに両手を着くと頭を下げた。
「君に謝らなければならん」
「佐倉さん…何のことです?」
柴田には、佐倉の行動が理解出来なかった。
「半年前、オレは君に無礼な態度を取った。許してくれ」
「ちょ…止めて下さいよ!私、何とも思ってませんから」
この一件を境に2人は急速に仲良くなった。時折会えば、柴田が追っている事件のヒントを佐倉が教えたり、県警でも掴めない情報を柴田から得たりと、“持ちつ持たれつ”の関係を保っていた。
「紹介しよう。オレの相棒で宮内と言うんだ」
「佐倉さん。この人確か…」
「ええ。朝陽新聞社の柴田です」
柴田は柔らかい笑顔で、宮内に頭を下げた。