エンジェル・ダストB-2
翌朝。東都大学構内の実験棟は、“立ち入り禁止”とプリントされた黄色の帯で張り巡らされていた。
そばには〇〇県警と書かれた数台のパトカーが停まり、警官が棟の関係者の出入りを著しく制限していた。
そこに1台の灰色セダンが停まった。見た目は普通のクルマに見えるが、それは警察の特殊車両だった。そのクルマから2人の男が降り立った。県警の捜査1課に戻った佐倉と宮内だ。
「大学教授の自殺ですか?」
宮内は現場に到着するなり、佐倉に事件内容を訊ねる。
「そうだ。昨夜帰宅予定だったのが、今朝になっても帰らないからと奥さんが捜索願いを出したらしい。それが、今朝、自殺体で発見された」
彼らは、バリケード前を警備する警官に警察手帳を見せ、実験棟の正面出入口から中へと向かった。
階段を上り、2階の廊下を右に折れてさらに奥に進むと、突き辺りは“細菌、防疫研究室”と書かれた部屋だ。
その一つ手前。私室とだけ書かれた部屋のドアは開け放たれ、すでに佐倉達より早く到着していた鑑識官や写真係が、忙しく動き回っていた。
「あっ、佐倉さんに宮内さん」
面識のある警官が声を掛けて来た。彼の傍には、気弱そうな男が青い顔でポツンと立っていた。
それよりも佐倉が驚いたのは、遺体がすでに運び出されていた事だった。
「彼は第1発見者の間宮准教授で、自殺した教授の助手だそうです」
佐倉は、思考を切り替えると間宮の傍に寄った。
「捜査1課の佐倉に宮内です。この度は大変な事になって、心中お察しします。
早速ですが、貴方が見られた状況をすべてお話してもらえますか?」
間宮は、不安な面持ちで一言々を確かめるように語り出した。
「今朝の明け方ですか…大河内教授の奥様から連絡を受けまして。それがえらい慌てようで、教授が帰って来ないと…そこで私はここ…準備室に訪れたわけです。すると、教授があそこに…」
間宮が指差す先には、ぶら下がり健康器具があった。
「ところで、こちらに到着されたのは何時頃に?」
「…ええと、午前6時前と思います。私の自宅からここまでがだいたい30分くらい。タクシーを呼んだのが5時過ぎでしたから…」
(…なるほど。県警への通報時刻と合うな…)
佐倉は、間宮への質問内容をさらに深く切り込んだ。
「ところで、不躾な事をお聞きしますが、貴方が教授のご家族から連絡を受けた際、何故、1番にここを訪れたんです?」
「私は教授の助手ですが、彼との個人的な付き合いは全くありませんでした。
ですから、彼が寄るところといってもここ以外知らないのです。それに教授は、これまでも度々そういうところがありましたから」
「そういうところと言うと?」
「夜中でも実験棟を訪れるという意味です。何か閃いたら、時間は関係ない人でしたから…」
宮内は佐倉の傍で、2人のやりとりを手帳に書き留める。
「…刑事さん。私には教授が自殺するなんて信じられないんですよ」
訴える間宮の顔は青白く、悲痛さを表していた。