「草原の月(DQ[…主×ゼシ)」-1
「どうしたの?」
仲間から一人離れて、暮れなずむ空を見ている少年に、緋色の髪をした少女が声をかけた。ふりむいた黒髪の少年の名は、エイト。
「ゼシカ。」
微笑みながら、その名を呼ぶ。ゼシカはその笑顔が好きだった。
「綺麗な夕焼けね。なんだか、さっきまで戦ってたのが嘘みたい!」
ゼシカがあんまりあっけらかんと言うので、僕は苦笑しながら、そうだね、と答えた。
夕日の彩りが落ちて来て、ゼシカの髪が空と混ぜこぜになった。僕の黒い髪だけが、浮き彫りになる。
「さ、ご飯にしましょ?あなたが戻ってこないから、みんなお腹空いちゃって。ヤンガスが、あっしが作るでがす〜って大変なのよ。やっぱりご飯はエイトに作ってほしいわ。」
エイトの料理が一番おいしいんだもの、とにっこり笑った。僕もつられて笑う。ゼシカの笑顔には不思議な力があると思う。なんだか、すごく、胸の辺りがあったかくなる。
夜の帳が降り、三日月がくっきり見える。草の上で寝るのにも大分慣れた。それにしても、今夜は目が冴えて眠れない。月のせいだろうか。
「どうした?エイト。まだ交代には早いぜ?」
「なんか目が覚めちゃってさ。代わるよ。」
火の番をしていたククールと交代し、腰を下ろす。焚火の爆ぜる音が快い。暫くすると、後ろでククールの寝息が聞こえた。
一人になると、考えなくてもいいことばかりが頭を巡る。
どうして、僕には幼い頃の記憶が無いんだろう。僕のお父さんやお母さんは?…わからない。
でも、記憶が無いことに対する焦りや不安も、僕には無い。過去の無い僕が当たり前になっている…。
月はなんにも言ってこない。あなたは僕のことを、何か知っていませんか?僕の両親を、見ませんでしたか?…この空間に、僕一人しかいないようで、僕は大きくため息をついた。
「……エイト?」
びっくりした。ゼシカだ。
「どうしたの、ゼシカ?」
ゼシカはちょっとね、と言葉を濁し、僕の隣に座った。そして僕をじっと見て、
「どうして、泣いているの…?」
「え?」
気付かなかった。僕の頬は既に幾筋かの涙で濡れていた。慌てて拭おうとしたけど、「泣いた」と自覚してしまったからか、後から後から涙が溢れてきた。
「ごめっ…、止まらない…。」
僕はもう俯くことしか出来なかった。ゼシカは今、何を考えているんだろう。いつもなら、リーダーなんだからしっかりしなさいって、戟を飛ばしてくれるのに。どうして、何も言ってくれない?
「ゼシカ、もう、大丈夫…だから、おやすみ?」
それだけを言うのが精一杯だった。なんだか色々な事がぐちゃぐちゃに混ざり合って、悲しかった。こんな姿をゼシカには、見られたくなかった。君だけには。
「エイト。」
鈴が鳴るみたいだと思った。混沌とした世界でも、この女性の声は凜とした響きを持って僕に届くだろう。
だらんと下に伸びた僕の両手に、ゼシカの両手が重なった。ゼシカは僕の両手を持ち上げ、自分のほっぺたに押し当てた。はっ、とした。
「ゼシカ…?泣いているの?」
手のひらを濡らす涙の感触。ああ、この人は涙すら、あたたかい。
「エイト。無理しないで…。一人で何でも背負っちゃダメだよ。」
ゼシカの肩が少し震えていた。いつも、いつも、いつも、いつも。笑っている君が、僕のために泣いている。ごめん。ごめんよ。
僕は彼女の涙を拭った。そのまま頬を包みこみ、くちづけをした。
静かだった。
「エイト。私ね、さっき、あなたが暗い暗い闇の中に融けていなくなっちゃうんじゃないかと思ったわ。」
ゼシカの瞳に焚火の明かりが映る。まだ少し、潤んでいた。
「うん。さっきは半分融けてたかも。」
冗談めかして返すと、君はふふと笑った。
「ありがとう。」
握る手に力をこめる。
「僕は、ゼシカに、ずっと笑顔でいてほしい。」
君は、少し驚いていた。だけど、すぐに笑って、
「あなたが笑ってくれたら、私はとびっきりの笑顔ができるわ。」
ゼシカ、大好きだよ。
そのまま、もう一度、キスをした。
僕は、いつまでも、この日を忘れないよ。