やっぱすっきゃねん!VD-8
「監督!カヨ…澤田をブルペンで投げさせたいのですが?」
突拍子もない提言に、永井は怪訝な顔をすると、
「カヨに投げさせてどうするんだ?」
「今、キャッチボールをやってて気づいたのですが、アイツは使えます」
稲森は、先ほど感じた佳代の肩の柔軟性がピッチャー向きであることを力説する。
「あの肩はオレ達が練習して得られるモノじゃありません。ソフトバンクの和田や日ハムの八木みたいに」
「それほどに…?」
(…それなら藤野さんが何か言いそうだが…)
永井も佳代同様に、信じられなかった。
「地区大会はなんとかなると思うんです。問題は県大会で競った試合の時です。
そんな時、左バッターに有効だと思うんです」
永井は、稲森の提言を聞いて腕組みしてしまった。
(確かに、左ピッチャーが稲森一人ということは懸念材料と考えてきた。それが増えるとすれば、これほどのプラスは望めない)
「ヨシ!期限を2週間として許可する。その間にモノにならないと分かれば、佳代は直ちに野手に戻す」
「ありがとうございます!」
稲森が、一礼してブルペンへ向かおうとするのを永井が止めた。
「おまえはおまえの練習があるだろう。2年の控えをキャッチャーに連れて行け。佳代の指導はおまえに任す」
稲森は2年生の安芸と青山をキャッチャーとして連れて行った。
「まずは、おまえの思うように投げてみろよ」
稲森の指導による佳代のピッチャー練習が始まった。
「じゃ…せーの!」
佳代は、右足を上げて踏み出すと腕を素早く振った。勢いのあるボールは、キャッチャーの構えた位置よりかなり高めだった。
「ありゃりゃ!ダメだ」
「いいから。ドンドン投げ込めよ。投げ方を身体に覚え込ませるんだ」
言われたままに佳代は投げた。すると、身体や肩が暖まり腕が振れだすと、バラついていたボールがだんだんストライクゾーンに集まりだしてきた。
「内角低めを構えてくれ」
稲森はキャッチャーに指示する。キャッチャーは左バッター近くに小さくミットを構えた。
「カヨ、これからアソコだけ狙って投げろ」
「…分かった」
佳代は、左肩をグルンと1度回すとセットポジションの体勢に入った。
両手を胸の前で構え、フッと息を吐くと右足はわずかに上げられてから前に流れた。
グラブをした腕が前方に伸びる。右足のスパイクが地面を噛んだ瞬間、グラブをした腕が胸の辺りに引き戻され、上体が弓のようにしなって左腕が見えなくなる。
上体がひねられて左腕が顔の後から現れ、前へと振り抜かれた。
キレの有るボールがミットを鳴らした。が、キャッチャーが捕った位置は内角低めでなく真ん中だった。
しかし、稲森は満足気な顔を浮かべた。
(やっぱり思ったとおりだ。あと2週間もありゃあ、もっと良くなるぞ)
佳代は不思議に思った。わずか数十球投げているうちに、自分にこんな能力があったのかと。
…「やっぱすっきゃねん!V」D完…