『壁の向こう』-2
「えっ?い、いやえーっと…上杉さんって美人だなと思って。恋人とかいらっしゃらないんですか?」
渉は卑猥な妄想を見透かされたように感じ慌てて応える。亜弥はその質問に少し眉をひそめた。
(やばっ…怒ってる…)
渉は亜弥に何と言われるか身構えたが、亜弥は平然と渉の質問に応えた。
「私バツイチなのよ。離婚して越して来たの」
「えっ?」
「だから恋人なんていないわよ。それじゃ急ぐから」
「あっ…上杉さん」
亜弥はそういうときっと顔をあげ、歩くスピードを上げて渉を置き去りにして駅へ向かっていった。
(俺最悪なことしたかも…)
すでに小さくなってしまった亜弥の姿を見ながら、渉は朝から何だか暗い気持ちになってしまった。
翌日は土曜日だったため渉はいつもより遅くベッドからでた。昨日の夜は亜弥の声が聞こえてくることはなかった。
(上杉さん家にいるかな…)
六枚切りの食パンをオーブントースターに入れながら渉は亜弥のことを考えていた。昨日の自分の失言がどうしても気になっていた渉は、実家から送られてきた林檎を手土産に亜弥の部屋を訪ねることにした。
『ピンポーン』
渉は少し緊張しながら亜弥の部屋のインターホンを鳴らした。
『はい』
「隣りの部屋の神崎です。ちょっとおすそわけに林檎を持ってきたんですけど」
『今開けます』
カチャリと鍵の開く音がして亜弥がドアを開けた。白のタンクトップに黒いショートパンツという服装で、いつもアップにしている髪は下ろされて、ふんわりと華奢な肩にかかっていた。
(何だろ…いつもとイメージが違うな…)
「あっこれどうぞ」
渉は少しドキドキしながら林檎を手渡した。
「わざわざありがとう。今ちょうどお茶いれようと思ってたとこなの。時間があったらちょっと付き合ってくれない?」
「い、いやでもそんなの悪いですし…」
「いいから上がって」
「はぁ…」
渉は恐縮しつつ亜弥の部屋に上がった。
(どうやら怒ってはなさそうだな…)
少し安心して気持ちに余裕が出てきた渉は部屋をぐるりと見渡した。まさに引っ越して来たばかりの部屋という感じで、運ばれて来た時のままの状態になっている段ボールが、まだ数個積み上げられていた。
「ごめんなさい散らかってて…片付けようと思ってもなかなか時間が取れなくて」
マグカップを渉に手渡しながら亜弥が申し訳なさそうにそう言った。