菓子-1
――あなたは、甘いチョコレートケーキをいつまで食べ続けることができますか?胃袋にはいくらでも入るとします。この想像が難しいなら、少しずつ、時間をかけて食べていると思ってみてください。でも、チョコレートに満たされた、甘い、甘いケーキです。鼻血がでそうなくらいに。もちろん、途中で別のものを食べることは許されません。さあ、あなたはいつまで食べ続けることができますか?――
亀山治正作『あのコもびっくり! よく当たる心理テスト』より抜粋
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今年も、手作りチョコレートの季節がやってきた。
去年は二人でチョコフォンデュをしたから、今年はケーキを作るつもりだ。
雑誌を見ながら頭の中でソロバンを弾いて、おおよその材料費を計算する。やっぱりけっこう出費がかさむ。財布のことを考えると少し落ち込むが、まあ、たまにはいいだろう。
時計を見ると、そろそろ10時を回るころだった。私はお昼ご飯の前に、スーパーに向かうことにした。
私たちは、きっといい夫婦だと思う。
旦那は優しいし、それでいて頼りがいもあるし。私だって、しっかり主婦を努めているつもりだし、女としてもまだまだ大丈夫なはずだ。
いい夫婦に見えるはずだ。少なくとも、周りからは。
いつもは必ず一通り目を通すタイムサービスの品にも、今日は興味ない。まっすぐお菓子のコーナーにむかい、お目当てのチョコレートを物色する。
せっかくなので、今年は本格的なやつを作ろうと思っていた。料理は昔から得意なのだ。
そう、せっかくなのだから。
何気なくコートのポケットに手を入れて、“それ”の感触を確かめた。うん、ちゃんとある。それだけで、私の胸は高鳴った。
今日の日のために何ヶ月も前から用意した、“それ”。苦労して、やっと手に入れたのだ。最近ではもう、お守りがわりに持ち歩くのが癖になってしまっている。
頭の中にメモしてきた、冷蔵庫の中身を思い出す。足りないものは、タマゴと、粉砂糖、それからもちろんチョコレート。
ああ、やっぱり野口英世さんとは、二人もお別れしなくてはいけなくなりそうだ。
買い物カゴを形になる前のケーキで満たしたころには、時計の針が11時を過ぎていた。お昼ご飯はカップラーメンで済ますことにする。これ以上買い物をすると、樋口一葉さんにまで迷惑をかけてしまいそうだった。
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こたつで頬杖をつきながら、ぼんやりと“それ”を眺める。あの人は、どんな顔をするだろうか。
カラフルなサイコロも転がり終わって、今テレビの中では、牡丹じゃなくて豚だとかなんとか言い合いをしている。この時間は、家事を片付けた後の、私のリラックスタイムだ。
ヒーターがせっせと調節してくれるおかげで、リビングは暖かく心地いい。あの人は5時半ごろ帰ると言っていた。晩ご飯を作って、ケーキを焼く。2時間もあれば十分だろう。もっとも、途中で洗濯物を取り込まなくてはいけない。
結婚とお菓子は、同じくらい甘い。
墓場なんて言ったのはだれだろう。結婚は、甘いものであり、墓場であり、ゴールインである。なんのことやら。
でも、甘いだけじゃダメなのよね……。と、手にした“それ”を見ながら思った。そう、甘いだけじゃ飽きてくるし、くどくなる。エッセンスが必要。
エッセンスという例えが面白くて、私は一人で少し笑った。
そろそろ3時になる。
のそのそとこたつからはい出て、キッチンへ行く。お気に入りのエプロンのひもを後ろで結んで、「よし、やるぞ!」と口に出して言った。