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菓子
【ミステリー その他小説】

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菓子-1

 ――あなたは、甘いチョコレートケーキをいつまで食べ続けることができますか?胃袋にはいくらでも入るとします。この想像が難しいなら、少しずつ、時間をかけて食べていると思ってみてください。でも、チョコレートに満たされた、甘い、甘いケーキです。鼻血がでそうなくらいに。もちろん、途中で別のものを食べることは許されません。さあ、あなたはいつまで食べ続けることができますか?――

 亀山治正作『あのコもびっくり! よく当たる心理テスト』より抜粋

      *

 今年も、手作りチョコレートの季節がやってきた。
 去年は二人でチョコフォンデュをしたから、今年はケーキを作るつもりだ。
 雑誌を見ながら頭の中でソロバンを弾いて、おおよその材料費を計算する。やっぱりけっこう出費がかさむ。財布のことを考えると少し落ち込むが、まあ、たまにはいいだろう。
 時計を見ると、そろそろ10時を回るころだった。私はお昼ご飯の前に、スーパーに向かうことにした。


 私たちは、きっといい夫婦だと思う。
 旦那は優しいし、それでいて頼りがいもあるし。私だって、しっかり主婦を努めているつもりだし、女としてもまだまだ大丈夫なはずだ。
 いい夫婦に見えるはずだ。少なくとも、周りからは。
 いつもは必ず一通り目を通すタイムサービスの品にも、今日は興味ない。まっすぐお菓子のコーナーにむかい、お目当てのチョコレートを物色する。
 せっかくなので、今年は本格的なやつを作ろうと思っていた。料理は昔から得意なのだ。
 そう、せっかくなのだから。
 何気なくコートのポケットに手を入れて、“それ”の感触を確かめた。うん、ちゃんとある。それだけで、私の胸は高鳴った。
 今日の日のために何ヶ月も前から用意した、“それ”。苦労して、やっと手に入れたのだ。最近ではもう、お守りがわりに持ち歩くのが癖になってしまっている。
 頭の中にメモしてきた、冷蔵庫の中身を思い出す。足りないものは、タマゴと、粉砂糖、それからもちろんチョコレート。
 ああ、やっぱり野口英世さんとは、二人もお別れしなくてはいけなくなりそうだ。
 買い物カゴを形になる前のケーキで満たしたころには、時計の針が11時を過ぎていた。お昼ご飯はカップラーメンで済ますことにする。これ以上買い物をすると、樋口一葉さんにまで迷惑をかけてしまいそうだった。

      *

 こたつで頬杖をつきながら、ぼんやりと“それ”を眺める。あの人は、どんな顔をするだろうか。
 カラフルなサイコロも転がり終わって、今テレビの中では、牡丹じゃなくて豚だとかなんとか言い合いをしている。この時間は、家事を片付けた後の、私のリラックスタイムだ。
 ヒーターがせっせと調節してくれるおかげで、リビングは暖かく心地いい。あの人は5時半ごろ帰ると言っていた。晩ご飯を作って、ケーキを焼く。2時間もあれば十分だろう。もっとも、途中で洗濯物を取り込まなくてはいけない。
 結婚とお菓子は、同じくらい甘い。
 墓場なんて言ったのはだれだろう。結婚は、甘いものであり、墓場であり、ゴールインである。なんのことやら。
 でも、甘いだけじゃダメなのよね……。と、手にした“それ”を見ながら思った。そう、甘いだけじゃ飽きてくるし、くどくなる。エッセンスが必要。
 エッセンスという例えが面白くて、私は一人で少し笑った。
 そろそろ3時になる。
 のそのそとこたつからはい出て、キッチンへ行く。お気に入りのエプロンのひもを後ろで結んで、「よし、やるぞ!」と口に出して言った。


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