『はかないダイヤモンド』-7
「あんたさ、ちゃんと私のこと考えてる?」
「…お前の何を考えるんだよ」
恵理子の言いたいことは、なんとなくわかっていた。
でも、俺はそういうキャラじゃない。
なんといっても、俺はもてなくて気持ち悪いキャラなのだ。
「そんなに笑われるのがいいの? みんなに笑われて、バカにされて、威厳も名誉もなくなって何がいいの?」
「俺は笑われてなんかいない…」
その俺の言葉は自分でもびっくりするくらい弱々しかった。
しばらく、俺と恵理子は無言で見つめ合っていた。
ナンセンスな空気が流れた。
その空気を打開するために、俺は必死に笑顔を作った。
笑いはみんなを幸せにするんだ。
「私、あんたのそういうとこ大嫌い。私、今まで我慢したじゃん。もういいでしょ?」
恵理子とは十年以上こんな関係を続けている。
お笑いと恵理子。今までは反則的な手段で、両方手にしていた。
でも、それには限界があることもわかっていた。
本気で、どうすればいいのかわからない。
それに頼るのは間違いだという気もした。
でも、俺はそれ以外の方法を知らない。
「布団がフットンだ」
恵理子、笑えよ。笑ってくれ。
「…最低」
恵理子は泣きながらそれだけ言った。
我ながら、最悪のギャグだった。
ダメなんだ。もし恵理子を受け入れたら、自分は二度と人を笑わせられないような気がした。
それは何を失うよりも、最も恐かった。
収録が始まると、さっきまで青い顔をしていた堤が急に元気になった。
他の芸人達の倍のテンションだった。
芸人にとってテンションが高いのはいいことだ。
でも、堤の芸風ではなかった。
堤はツッコミだ。
ツッコミの堤がボケの俺より高いテンションというのは危険だった。
ツッコミをバカにするわけではないが、ツッコミはボケのサポートをするのが一般的だ。
今回も、俺が高いテンションで番組の司会にアピールして、ネタを振られ、ボケて堤がツッコムと言うのが安全で確実なパターンだった。
「今日は堤君やる気だね」
同期の奴が俺に耳打ちしてきた。
俺達はダウンタウン以来の出世と言われていて、他の芸人達の目標は俺達に追いつく事だった。
あるいは、俺達を叩き潰すか。
どうすればいい?
他の奴らは堤の危うさに気付いている。
今から俺が堤よりテンションを上げて目立つか。
いや、今の堤以上にテンションを上げたら空回りしてしまう。
堤のテンションの高さはギリギリだった。
空回りしない最大限の高さだった。
そこで、俺ははっとなった。堤はわざとやっている。
隣で必死に声を張り上げる堤を思わず見つめてしまった。
俺の視線に気付いて、堤がこっちを向く。
堤の目が語っていた。これはチャンスなんだと。