『はかないダイヤモンド』-4
「違う! 俺がみんなを笑わせてやってんだ!」
俺が他の奴らを笑いで支配してるんだ。
恵理子は俺の予期せぬ怒りに、少し驚いたようだった。
それでも、すぐに気を取り直して俺を睨んで言った。
「あんたが怒っても全然恐くない」
たしかに、キレても迫力がない所は俺の天性の芸才の一つだった。
お互いに少し気まずくなって恵理子がテレビをつける。
画面の中で、タモリが有名な劇作家と話している。
こんな時、俺にはおどけることしか出来ない。
たとえ相手が恵理子でも、気まずい空気を変えるのは笑いの力しかない。
そう思って俺が何かを言おうとした時、恵理子が先に口を開いた。
「ねえ、せっかくの休みの日なんだからどっか出かけない?」
この女が何を言ってるのか理解できなかった。
「ばか! そんなことしたらマスコミにばれるだろうが! 笑いのキレがなくなるだろうが!」
恵理子はテレビに向けていた目を、ちらりと俺に向けた。
「そうだったね」
恵理子が再び視線をテレビの中のタモリに移しながら言った。
変な女だと思いながら皿を片付け始める。
タモリと他のレギュラー陣が観客を笑わせるのを背中で聞きながら、俺もいつかはこの番組にレギュラーで出てやると思った。
突然、街中ですごい美人に声をかけられた。
周りの通行人のほとんどが振り返っている。
それくらいの美人だった。
はっきり言って俺なんかに声をかけるような女ではない。
そして、どこか素人っぽくない女だった。
ドッキリだ。
そのことを察してすぐに呼吸を荒くする。
挙動不審な素振り、妙にハイテンションな喋り方。
またしてもパーフェクトだった。
これでまず視聴者の笑いに対する警戒をとく。
これから私はとても面白いことをしますよという意思表示だ。
お笑い番組をつけて即大爆笑する人はなかなかいない。まず何事も準備が大切なのだ。
仕掛け人の女の言いなりになって、番組が仕掛けた罠に上手く引っかかっていった。
さりげなく、リアルで、なおかつ面白く。
女に連れられて喫茶店に入ってから、遊園地に来た。
始めて会った女と、しかも会ったその日に遊園地に来るなんて、現実には考えずらい。
でも、遊園地というのはカメラも仕掛けやすいし、いろいろボケやすく、番組にも俺にも好都合な場所だった。
そこで、やたら飲み物をこぼす女に派手なリアクションをとりつつ、アドリブで池に落ちたりした。
日が暮れ始めても、まだ俺と女のコントは続いた。
こんなに長引かせて、つまんないオチだったらテレビ局に無言電話を一晩中かけ続けてやる。
そう決めた時、女が私の家に来ないかと聞いてきた。