『はかないダイヤモンド』-3
「最近、ちょっとやりすぎじゃない?」
恵理子が焼きそばを食べながら言った。
恵理子は高校の時からの友達た。
彼女ではない。
ほとんど俺達は付き合っているようなものなのだけど、俺に彼女がいたら笑いのキレが悪くなるので、ただの友達ということにしている。 フリーターの恵理子は、こっちが心配になるくらい常にヒマなので、オフの日には二人でいることが多かった。
「何が?」
この日は、外へ出かけずに俺の部屋で焼きそばを作った。
なぜ外に出かけないかというと、俺が女と歩いてるところをマスコミに嗅ぎ付けられでもしたら大変だからだ。
俺は全国のモテない男の代表でなければならないのだ。
どんなにモテなくても、あいつよりはマシと思われなければ笑いはとれない。
「最近、体張りすぎだよ。見てて少し引くもん」
「そうかなあ」
俺は恵理子がご丁寧に添えた紅しょうがを脇にどけながら言った。普通の焼きそばを食べるのは久しぶりだ。
「特にこないだのお笑い番組でさ、気持ち悪いとか言われて嫌がってたけど、その後ですごく満足そうな顔してたよ、あんた」
「まじか」
してたかもしれない。
最近、職業病かもしれないけど、気持ち悪いとか、引くとか言われるとめちゃくちゃ嬉しくなるのだ。
「なんか見てて悲しくなったよ、私」
「だって、それが仕事なんだから仕方ないじゃん」
動くものを見ると、猫だろうが、犬だろうが、自動ドアだろうが笑わせたくなる。
なのに不思議と、恵理子を笑わせようとは思わない。
だから休みの日に恵理子といることが多いのかもしれない。
改めて恵理子を見てみると、どこにでもいそうな普通の女だった。
その普通の女はため息をつきながら右手の箸で焼きそばをつつき、左手で床に積まれたエロ本をぺらぺらめくっている。
「まったく、一人前にこんなもん買っちゃってさ。たいしてエロくもないくせに」
この女は、しきりにそのセリフを口にする。
高校生の時に、恵理子が俺の友達がいる前で、坂田君って実はエッチじゃないでしょとつぶやいたことがある。
本人にとっては何気ないセリフだったのかもしれない。
でも、俺にとっては死活問題だった。
当時、俺は下ネタでしか笑いが取れず、校内一の変態として君臨していた。
だから、俺は顔を真っ赤にして恵理子の発言を否定し、営業妨害だと言って半泣きで逃げ帰ったのだ。
その時に機嫌を損ねた恵理子は、それからというものたっぷりと嫌味を込めてそのセリフを俺に言い続けている。
「ソウデスネ」
最近では否定するのも疲れたので、思い切り感情を込めずに相槌だけを打つことにしていた。
「なにそれ、ムカつくなー。大体ね、あんた人を笑わせてると思ってるかもしれないけど、違うからね。笑われてるんだからね」
俺はその言葉に、自分でも意外なほど過剰に反応した。