AH! MY GODDESS ラストストーリー-1
(ああっ女神さま！より)
麗らかな風が吹き、桜の花びらが舞っている。季節は春、人々は出会いと別れを繰り返し、それでも時は流れて行く。
森里螢一も千尋の店、ワールウインドで働き始めて三年目の春を迎えていた。仕事にも慣れて日々は穏やかに過ぎて行く。
『螢一さん、一息入れませんか？』
声を掛けられて螢一が振り返ると、お盆の上にお茶を乗せて彼女は微笑んでいた。緩やかな長い髪、前髪だけがくせっ毛の様に跳ねていて、額にある菱形の印と頬にある逆三角形の印が印象的で、端正な顔立ちを一層際立たせていた。
『ありがとう、ベルダンディー』
彼女は、にっこりと笑い千尋のデスクの上にもお茶を置いた。
『千尋さんもどうぞ。』
『サンキュー、ベルちゃん』
柔らかで透き通る様な彼女の声に螢一は少しのあいだ、目を閉じた。自分だけが知っている彼女の秘密……。
そう、彼女は女神なのだ。あの日、一本の間違い電話から彼女は鏡の中から現れ、螢一に告げる。
『あなたの願いを一つだけ叶えます。』
その美しさに、螢一は思わず、ずっと傍にいて欲しいと願ってしまった。その願いは受理され、以来彼女はずっと傍にいてくれている。いろいろな事があり、その度に互いの距離は近付いていった。
自分は今、幸せだ……。
それは間違い無いと思う。けれど螢一は、この頃ふと考えてしまう。この幸せは、いつまで続くのだろうかと……。
時は無情に流れ、留まる事を許さない。彼女は人間ではない。だからこそ、いつか必ず訪れるのだ、蜜月の終わりが……別れの時が……。
『どうかしたんですか？螢一さん』
不意に尋ねられて螢一は我に返る。
『何でもないよ。君の入れてくれたお茶は美味しいなって……。』
そう言って笑う螢一の後ろから、わざとらしい咳ばらいが聞こえた。
『森里くん……そーゆーラブラブな会話は仕事が終わってからにしてちょーだい。』
千尋の言葉に苦笑いして螢一は小さく息をつくと、残りの仕事に取り掛かった。
『じゃあ千尋さん、お先に失礼します。』
バイクのサイドカーにベルダンディーを乗せて、バイザー越しに螢一は挨拶すると、ゆっくりとバイクを走らせ始める。見慣れた町並みを走りながら心の中で、いつかの彼女の言葉が蘇った。
「……私、契約のことだけでここにいた訳じゃないのよ。あなたのこと、好きだから……」
女神である彼女は嘘を付けないらしい。だから、彼女も自分に好意を寄せているのは間違いないのだろう。それが嬉しい……嬉しくて、辛い。
『すぐにご飯の用意しますね……』
家に戻り、そう言って駆け出しかけた彼女を螢一は呼び止めた。
『あ、ベルダンディー。俺の分は作らなくていいよ。』
『け、螢一さん！どこか具合でも悪いんですか？』
驚いたように振り返りベルダンディーは言った。そう、彼女はいつでも自分の心配をしてくれる。そんな気遣いが、今日は辛い。