AH! MY GODDESS ラストストーリー-5
『最近、下界ではそんな冗談が流行っているのかね?』
『いえ、冗談ではありません。』
ざわざわと大気が震える。
『ベルダンディーよ。そのような世迷言の為に私の時間を割いたのかね?』
口調はあくまでも静かである。しかし、大気の震えは明らかに怒りに満ちていた。ベルダンディーの身体はガタガタと震え出す。純粋なる恐怖……その場に留まれない程の恐怖が心臓を鷲づかみにした。手折れそうになる心を奮い立たせ、ベルダンディーは続ける。
『可能なのでしょうか?』
嵐の様な風が吹き付け、吹き飛ばされない様にベルダンディーは床にしがみついた。
『森里螢一……危険な存在だな。女神をここまで惑わすとは……。まさか、魔界の息がかかっているのか……。』
『神様!螢一さんはそんな人ではありません!!』
吹き飛ばされそうになりながらも必死にベルダンディーは叫んだ。
『魔界と係わりがあるかどうかは、もはやどうでもよい。だが、危険な存在である事は間違いないようだな。ベルダンディー、今一度言う。そのような戯れ事をまだ口にすると言うのであれば、私の持てる能力(ちから)全てを使い、森里螢一を消去(デリート)する。』
有無を言わさぬ圧倒的な意志……。今までのベルダンディーであれば、そこで黙ってしまったであろう。しかし、胸の中に芽生えた熱い想いは叫びとなって迸(ほとばし)る。
『神様!!私は人間になりたいのです!!!』
風が止んだ。辺りを一切の音がしない静寂が包む。ハアハアと荒い呼吸を繰り返し、ベルダンディーは蹲(うずくま)っていた。
『ベルダンディー……』
創造主の声が静かに響く。それは、慈愛、哀しみ、諦め……。それら全てを含んだ様な声音であった。
『24時間の猶予を与えよう。その後、森里螢一をデリートする。これは決定事項である。君の賢明な選択を望む……以上だ。』
『そんな!!神様、待ってください!!』
叫びも虚しく、その言葉の後に神の座からベルダンディーは強制的に排除された。
同時刻、森里邸では居間に全員が揃っていた。
『お姉さま、血相変えて飛び出しちゃったけど大丈夫かしら?』
事態がよく飲み込めていないスクルドは脳天気に呟いた。
『ウルドさん、ちょっといいかしら?』
ペイオースは立ち上がると部屋の外ヘウルドを呼んだ。ウルドは頷いて後に続く。
『で、どうなったの?』
廊下に出てウルドが一言呟くと、ペイオースは深い溜息をついて首を振った。
『最悪ですわ。天界の決定事項は……螢一さんの消去。彼に関わる全ての女神は24時間以内に天界ヘ帰還せよ。だそうですわ。』
予想通りの答えにウルドは溜息を付く。
『で、どうしますの?』
静かにペイオースが尋ねてきても、口許にうっすらと笑みを浮かべたままウルドは黙っていた。その表情にペイオースはハッとなる。
『ウルドさん!あなた、まさか馬鹿な事、考えてないでしょうね?』
『ペイオース……スクルドの事、お願いするわ。あなたとこうして話すのは、これが最後になるかも知れないから……。』