鮮やかに凛として-3
遊佐子はモヤモヤした行き場のない気持ちを抱えたまま仕事する事に限界を感じ始めていた。
千歳とは2週間以上顔を合わせていない。
この事実をどう解釈すればよいのかさっぱり分からなかった。
さっぱり分からない上に、肝心の千歳は遊佐子を故意に避けているような言動が感じられ、そのことで酷く遊佐子は動揺し、恐ろしく心を痛めた。
大きく深呼吸をし、遊佐子は遥か昔に発行された学会誌や茶色く変色した業界雑誌をビニール紐で束ねていく。
少し早い大掃除だ。
資料室に無造作に詰め込まれた不必要な雑誌を遊佐子は廃棄する事で、自分の心に渦巻く不快な感情も廃棄しようとするが思うように廃棄できないでいた。
もがけばもがくほど深みに嵌っていく。
遊佐子はパーカータイプのワンピースの袖を肘まで捲り上げて、雑誌を懸命に束ねた。
「コンチワ」
千歳は精一杯明るい声を出して遊佐子に挨拶をした。
酷く狼狽した遊佐子が目の前にいるが、敢てKYでいくしかない。
このままなかったことにするか、自分の気持ちを何もかんも出し切ってスッキリした上で険悪な関係になるかは自分次第なのだから。
……少なくとも目の前で朗らかに笑うこの人には逃げも隠れもしない男として映っていたい。
千歳は耳に挟んだ煙草をGパンのポケットに突っ込んで、遊佐子が言葉を発するのを待った。
唇の端を上げ、おどけたように三白眼気味の垂れ目を精一杯開き、余裕があるぞと言う精一杯のアピールをして遊佐子が言葉を発するのを待つ。
「…もぉっ、びっくりしたぁ」
遊佐子は硬い笑顔でパーカーみたいなワンピースの裾を手で直す。
その腰を屈めた仕草が予想外に色っぽい。
遊佐子は長くゆるいウェーブのかかった黒髪をテッペン付近で大きな団子に束ねていて、そのルーズさ加減が恐ろしいほどに可愛い。
見とれるばかりで沈黙を守ってはいけないと、千歳は言葉を発した。
「資料室のドアが開いてたから、誰かいるのかなぁって中に入ったら瀬戸内さんがいるから、オレもビックリっっ!!ワォッッ」
「もぉお〜〜」
遊佐子は目を細め、クスクス笑う。
たったそれだけの事なのに、千歳は至極の幸せに包まれた。
そして、遊佐子の屈託のない笑顔を見とれている事を悟られないように千歳も笑った。