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トランス
【ファンタジー その他小説】

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トランス-2

「あの、それ……私の」
 うつむき、か細い声を出す女の子。
 それはうちのクラスの仲村萌葱だった。
 その瞬間、仲村がクラスメートから苛めを受けている事を思い出した。
「お、俺が隠した訳じゃあ……」
 慌てて弁解しょうとする俺の手から、仲村はひったくるように鞄を取り上げ、灰まみれになっているのも構わずに大事そうに抱え込む。
「御免なさい。分かってるから……」
 仲村の目に涙が浮かんでいるのを見て、俺はやるせない思いが込み上げてくるのを感じた。
 その時まで自分には関係の無い事だと思っていたし、苛められる方にも原因があると思っていたからだ。
 だけど、何もしていない仲村が何でこんな顔をしなければならないのか?
 俺は仲村に何か声を掛けようとしたが、何を言って良いのか言葉が見つからなかった。
 そうしている間にも仲村はその場を立ち去ろとする。
 しかし、その仲村を乱暴に押し戻す奴等がいた。
 クラスのリーダー気取りで、授業中にもよく騒いでいる棚田とその取り巻きだった。
「おいおい、仲村ブス子。誰が鞄を返すつった」
 そう言って、仲村の背中を蹴飛ばす棚田。
 体格の良い棚田の容赦ない蹴りは見ていてとても痛々しいものだった。
 俺の心の中にどす黒い怒りが込み上げる。
 その俺の様子に気が付いた棚田は視線を移し、眉を不快に歪めて睨みつけた。
「何だ、お前。文句あんのか?」
 文句だらけだと言い返してやりたかったが、情けないことに声が出なかった。
「もしかしてお前、このブス子ちゃんに気があるのか?」
 下品な笑いを漏らす棚田。
 この後に及んで勇気の出ない俺を嘲笑い、仲村の背中を踏みつけにする棚田。
「あー、キモい、キモい。こいつ等マジだぜ?」
 そう言って棚田は、更に強かに仲村の背中を蹴った。
 よろめく仲村をとっさに支えようとする俺だったが、足を取られて尻餅を突いた。
 その上に仲村が倒れ込み、二人は抱き合い、柔らかなものが唇に触れる。
 甘い香りのする少女の体。
 密着する少女の体。
 俺の体に強烈な電流が走り、四肢が震え、頭の中が真っ白になる。危ないと思ったのも束の間。
 俺の頭の隙間を広げ、護法が降りてくるのが分かった。
 仲村の体をゆっくり押しのけ、立ち上がると俺は物凄い怒りの形相で棚田を睨みつけた。
 そのただならぬ様子に棚田達は怯んだが、護法の力を普通の人間相手に使うわけにはいかない。
 俺は精一杯の自制心で護法を抑え込む。
 こめかみが激しく痛み、胸を突き破って怒りが飛び出しそうになる。
 やがて頭が真っ白になり、俺は気絶した。
 次に気が付いたとき、俺の目の前には仲村の顔があった。
 心配そうに俺の顔を覗き込む仲村はブスな訳がなかった。
「御免なさい」
 仲村は俺に謝った。どうして仲村が俺に謝るのか分からない。何があったか覚えていないが棚田達の姿が見えないところを見ると俺が追い払ったのだろう。
「俺は何もしていない……」
 人の心に悪意が芽生えるのは何故だろう?
 誰もが笑って暮らせればいいのに。
 俺が仲村に膝枕されていることに気が付いたのはそんな事がぼんやり頭をよぎった後だった。
 しばらくそのままでいたかったけど、想いとは裏腹に俺は立ち上がった。
 棚田達の姿は既になかったが、連中を追い払ったのは護法だ。
 俺は無力だ。
 気まずい沈黙が流れ、何時しか陽は暮れていた。
 上空では風が強いのか鉛色の雲が勢いよく流れ、冴え冴えと真白な月を覆い隠す。
「もう遅いから、帰らないと」
 俺は黙り込む仲村にそれだけを言った。
 しかし、俺達はそこで長く感傷に浸っていてはいけなかったんだ。


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