『トランス〜反対側と夢幻〜』-1
ある男の家の郵便ポストに手紙を入れる。
そんな何の変哲もない幼稚園児でも出来そうな行動に影山朋伸(かげやまとものぶ)は悩んでいた。
これを奴に書いた。そして、オレの決心も書いた。しかし、これを、オレのすべてを汲み取ってくれるかどうかわからない。むしろ破るだろう。それが当たり前だ。だから、入れようか入れまいか……。
しかし、朋伸は入れた。既にオレが犯人だってことは気付いてる。だから、これをお前に捧げよう。そう呟き、自らのすべてに終止符を打つために、ポストに入れた。
コトン。それがバイバイと言っている、ような気が、した。
『トランス〜反対側と夢幻〜』
季節は春。だが、鈍色の空から舞い散るのは白い雪。それと同時に満開に咲いた桜も散る。幻想的な風景を見せるが、いまこの場に立っている二人にとってそんなものは無関係だった。
「なあ、朋伸。これも、これも全部おまえが犯人だって事を示してるんだよ」
「ああ、そうだな」
朋伸と呼ばれた青年は小さく頷いた。その顔から何も読み取ることは出来ない。
「頼むから、自首してくれ。頼むよ……」
男は願っていた。朋伸が自首してくれること、これ以上人を殺すことを……。だが、その想いは無残にも壊された。
「龍仁(りゅうじん)、お前にオレの苦痛とか悲哀とかの気持ちがわかるか?! お前――」
朋伸がさらに怒号と憎しみを込めた言葉を言おうとしたとき、龍仁の言葉に遮られた。
「わかんねぇよ! でも、オレとお前は友達で、親友だよな? だったら、その苦痛とか悲哀とかの気持ちを半分よこせよ! 嫌なことを分けることが出来るのが親友ってもんじゃないのか?!」
龍仁は何にも考えていなかった。ただ朋伸のこと思い、口が勝手に喋っていただけ。
たった一分にも、三十秒にも満たない言葉を紡いだだけなのに、朋伸の顔から憎悪などの表情が消え失せ、そして、決意の色が浮かび上がっていた。
「ははははは」
乾いた笑い声が響く。何の感情のこもっていない朋伸の笑い声が、雪にも鈍色の空にも散る桜にもそのどれにも吸収されず二人の場所を中心に響いている。
「ああ、やっぱりお前が親友でよかったよ」
ため息混じりで朋伸は言った。そのため息は安堵ゆえか、呆れてなのかそれはわからない。とりあえず、自首してくれると龍仁は思った。だが、懐から取り出したのはサバイバルナイフ。そして、それを腹へ。
一瞬のうちに見ていた。サバイバルナイフを出したときはそれを落とそうと走った。たった数メートルしかないのに、終わりのない道程を走るかのように、一瞬しか過ぎていないのに、永遠の時間を感じるかのように思った。そして、……。