エンジェル・ダストA-1
防衛省中央指令部の正面玄関口に一台の黒塗りセダンが停まっている。中には、サングラスを掛けた男達の姿。
玄関口から初老の男性が現れた。男達は、彼を見ると笑顔を湛えてクルマから降り、バックシートのドアを開けた。
「大河内教授、お疲れさまでした」
佐藤と田中は、大河内をバックシートに乗せるとセダンをゆっくりと走らせた。
大河内が分析を始めてから5日目が過ぎていた。
「教授。いかがです?分析の方は?何らかの目処は立ちましたか」
大河内は、田中の明るい口調に苛立ちを覚えた。が、そうそう知らぬ顔をする訳にもいかない。
「…ああ、今のところは順調だよ。もうしばらくすれば、特定も出来るだろう」
「それは結構ですね。私達の上司も、報告会を楽しみにしていますよ」
まったくの嘘だった。そればかりか、大河内は分析結果に困り果てていた。
伝染病患者から採取した40ヶ所にも及ぶ部位をすべて調べたが、未だ病原菌の分離、特定も出来ていない。悔しさよりも驚きの方が大きかった。
(あれだけ分析しても、分離出来ないとは…何か別のモノなのか…)
バックシートで唇を固く結び、終始、俯き加減な大河内を、バックミラー越しに見た佐藤と田中は、お互いに顔を見合わせ含み笑いを浮かべた。
クルマは並木道を抜けると一般道へと出た。しばらく進んでいると、大河内が前席に声を掛ける。
「君達。今日は、大学の方へ行ってくれんかね」
突然の申し出に、佐藤と田中は顔を見合わせた。
「ご自宅でなく大学にですか?」
「ああ、今後を考えて2、3調べたい事があってね」
佐藤は大河内の言葉に違和感を覚えたが、言われるままにクルマを大学へと向かわせた。
「では、大学の方へ向かいますね」
「すまないね…」
大河内はバックシートに深く身を沈め、思い詰めたように一点を見つめていた。
彼は分析の最中、ひとつだけ異常をみつけていた。血中のタンパク質濃度が著しく高かったのだ。
(…ひょっとしたら、ここから突破口になるかもしれんな)
この5日間で得た分析結果と、大学にある膨大な実験データを照らし合わせれば、何らかのヒントを掴めるのではと思った。
そうこうするうちにクルマは大学に到着した。大河内は自らドアを開けてバックシートから降りた。
「すまなかったね」
「教授。よろしかったら、私共は待っていましょうか?」
佐藤の申し出を大河内は笑顔で退けた。
「ありがとう。しかし、せっかくだがお断りするよ。たまには自分で帰るのも良いだろう」
「そうですか。それでは明日、いつもの時刻に…」
「ああ、よろしく」
大河内は、大学の構内へと向かった。